【0001】 【発明の属する技術分野】 本発明は、酸素濃淡電池型の自動車エンジン用酸素センサ等の各種センサにおける電極の形成に使用し得る、多孔質膜の形成方法、特に密着強度に優れた白金の多孔質膜を形成し、耐久性に優れた酸素センサを作製することができるセラミック体の多孔質膜形成方法に関する。 【0002】 【従来の技術】 自動車用酸素センサとして用いられる酸素センサは、ジルコニア等の酸素イオン伝導性を有する固体電解質を一端閉塞の筒状あるいは板状に成形した後、焼成して形成されたセラミック体の対向する表面に白金等の耐熱性を有する金属の多孔質膜を形成して作製される(図3参照)。 このように作製された酸素センサは、両電極側の気相の酸素分圧に差があり、固相内部の成分組成比が気相の酸素分圧と平衡に達する時間が短いような高温に保持される時、固相内に酸素勾配に対応して化学ポテンシャルが発生し、それに相殺する静電ポテンシャルがネルンスト式に従った濃淡電池起電力として発生する。 【0003】 即ち、上述の酸素センサは、その一面に形成された多孔質膜に検出対象のガス(検出ガス)を接触させ、他方の面に形成された多孔質膜に基準ガスを接触させて、検出ガスと基準ガスとの間の酸素分圧の差により両多孔質膜間に発生する起電力を検出して、検出ガス中の酸素ガス濃度を測定することができる。 【0004】 上述の型の酸素センサにおいては、ジルコニア固体電解質等の酸素イオン伝導性固体電解質の酸素イオン伝導性を利用するために、300℃以上の高温環境下で用いられるため、多孔質膜と固体電解質との熱膨張率の差から多孔質膜に大きな応力が働く。 また、前記酸素センサは自動車の排気ガスの温度変化の影響を受けるので、極めて激しい温度変化に晒されることとなり、前記応力も激しく変動する。 従って、前記酸素センサを長時間の使用に晒すと、これら応力により多孔質膜が剥離して、酸素センサの劣化ないし寿命の低下を引き起こすことがある。 即ち、酸素イオン伝導性固体電解質を用いた酸素センサの作製に際しては、温度サイクルに対して割れないセラミック体の作製と、反応活性が高く堅牢で密着性に優れた多孔質膜の作製が極めて重要である。 【0005】 【発明が解決しようとする課題】 セラミック体に多孔質膜を形成する方法として広く一般に用いられている方法は、金属ペーストをセラミック体の表面に塗布した後、該金属ペーストとセラミック体とを一体焼成し、多孔質膜を形成する方法である。 しかしながらこの方法は、セラミック体と多孔質膜との密着性には優れているものの、白金ペースト中に含まれる種々の添加物の影響で電極、即ち多孔質膜の反応活性が低いため、高感度で精度の高さが要求される酸素センサとしては用いることができない。 【0006】 他の多孔質膜の形成方法としては、無電解メッキ法がある。 この方法は、電気分解を利用せずに、溶液中からセラミック体表面上に金属を析出させて多孔質膜を形成する方法である。 しかしながらこの方法は、多孔質膜の反応活性は高いものの、セラミック体と多孔質膜との密着性に劣り、酸素センサとして用いた時において、激しい温度変化に晒されると金属の多孔質膜が剥離して、酸素センサの劣化ないし寿命の低下を引き起こすことがある。 【0007】 これら酸素センサの劣化ないし寿命の低下を防止するには金属の多孔質膜とセラミック体との間の接着強度(密着性)を改善することが有効であり、特開昭54−137394に開示される、ブラスト処理によるセラミック体の表面粗度を所定の大きさにする方法がある。 該開示によれば、成形体の表面をブラスト処理又は機械加工により粗面化した後、1700℃〜1900℃で焼結して、多孔質膜を形成することにより、多孔質膜とセラミック体との密着性を改善する旨が示されている。 【0008】 しかしながら特開昭54−137394の開示による方法では、成形体自身に物理的衝撃を伴うブラスト処理又は機械加工を施すので、セラミック体自体にヒビ等の破損が発生し、セラミック体自体の強度が低下してしまい、多孔質膜の剥離は起こり難くなるもののセラミック体自体が劣化してしまうことがある。 【0009】 そこで上述の事情を鑑み、本発明は、セラミック体との高い密着性を有することにより、高温下及び激しい温度変化に対しても多孔質膜が剥離することのない、また酸素センサとして用いる場合に、多孔質膜が電極としての反応活性に優れたセラミック体の多孔質膜形成方法を開発し、これを提供することを基本的な目的とする。 【0010】 【課題を解決するための手段】 本発明者らは上述の目的に従い鋭意研究を進めた結果、セラミック体の表面に多孔質膜を形成する方法において、(1) 白金溶液に酸を添加した溶液を前記セラミック体の表面に接触させる工程と、(2)還元剤を前記溶液に添加し前記セラミック体の表面に島状の白金核を析出させる工程と、(3)前記白金核が析出したセラミック体表面に白金錯塩を主成分とするメッキ液を接触させて前記セラミック体の表面に層状のメッキ膜を形成する工程と、(4)前記メッキ膜の形成されたセラミック体を熱処理して白金の多孔質膜を形成する工程と、からなることを特徴とするセラミック体の多孔質膜形成方法を開発し、本発明を完成させた。 【0011】 前記溶液中の前記酸の濃度は0.03規定度以上であることが好ましく、また、 添加する酸としては塩酸を用いることが好ましい。 更に前記セラミック体としてジルコニア固体電解質を用い、前記白金溶液として塩化白金酸溶液を用いることが好ましい。 更に、 ジルコニア固体電解質の一方の面に基準ガス側電極としての多孔質膜を、他方の面に検出ガス側電極としての多孔質膜を形成し、基準ガス側と検出ガス側との酸素濃度差により酸素濃度を検出する酸素センサを作製するのに用いるには極めて好ましい方法である。 【0012】 即ち本発明によれば、酸を含む白金溶液をセラミック体の表面に接触させた後、還元剤を前記白金溶液に添加することにより、前記セラミック体の表面に分布が粗である極めて大きい白金核を形成することができるため、その後の無電解メッキ法、即ち白金核が析出したセラミック体表面に白金錯塩を主成分とするメッキ液を接触させて前記セラミック体の表面に層状のメッキ膜を形成し、該メッキ膜の形成されたセラミック体を熱処理することにより、セラミック体との密着性と、電極としての反応活性に優れた多孔質膜を形成することができる。 【0013】 【発明の実施の形態】 本発明によれば、セラミック体の表面に多孔質膜を形成する方法において、酸を含む白金溶液を前記セラミック体の表面に接触させる工程(以下、工程1と略す)と、還元剤を前記白金溶液に添加し前記セラミック体の表面に島状の白金核を析出させる工程(以下工程2と略す)と、前記白金核が析出したセラミック体表面に白金錯塩を主成分とするメッキ液を接触させて前記セラミック体の表面に層状のメッキ膜を形成する工程(以下、工程3と略す)と、前記メッキ膜の形成されたセラミック体を熱処理して白金の多孔質膜を形成する工程(以下、工程4と略す)と、からなることを特徴とするセラミック体の多孔質膜形成方法がある。 【0014】 本発明による工程1及び2によれば、例えば塩酸を含有する白金溶液を用いることにより、塩酸を含有しない場合に比して、島状(核の分布が粗である状態、図1に示す)でより大きな白金核を形成することができる。 これは、塩酸の影響により白金核の形成速度が遅くなったためと考えられる。 なお、図1に塩酸を含有しない白金溶液を用いた場合(a)と塩酸を含有する白金溶液を用いた場合(b)とにおいて、工程1及び工程2を行った後の、白金核が形成されたセラミック体表面のXMA元素分析結果(カラーマッピング)写真を示す。 塩酸を含有しない白金溶液を用いた場合(a)は分布が密であり(b)に比して小さい白金核が析出しているのに対して、塩酸を含有する白金溶液を用いた場合(b)は、分布が粗であり、(a)に比して大きな白金核が形成されていることがわかる。 【0015】 更に工程3及び4においては、前記白金核を中心として白金が析出し、これが連続膜となり白金のメッキ膜が形成される。 この時の白金の析出による連続膜の形成過程において、各々の白金核を中心として成長した白金析出体は、その中心の白金核から離れる方向に成長する。 従って一つの白金核を中心として成長した一つの白金析出体と、他の白金核を中心として成長した他の白金析出体と、が連結するときにおいては、各々の白金析出体の成長する方向が逆であるため、互いに押し合う力が働き、この力が白金核の分布する密度に応じて積み重なる結果、内部応力が蓄積される。 この内部応力が大きいと、セラミック体との密着性が悪くなる。 白金核の分布が密(白金核同士の距離が短い)である場合においては前記連結の回数(白金析出体同士が連結する数)が多くなる(白金核が密である)ため、内部応力も大きくなるのに対し、本発明による工程1及び2において形成された白金核は白金核の分布が粗であるため、前記連結の回数が少なく、結果的に内部応力の小さい白金のメッキ膜が形成され、セラミック体との密着性も高くなると考えられる。 【0016】 前記酸を含む白金溶液は、酸を0.03規定度以上含有することが好ましく、更に好ましくは0.06規定度以上であり、最も好ましくは0.1規定度以上である。 酸が塩酸である時は、前記白金溶液は特に塩素を含有する白金化合物の溶液を用いることが好ましく、例えば塩化白金酸(H 2 PtCl 6 )溶液を用いることができる。 これは白金溶液が塩素を含有すると、次式の平衡が左に傾き、白金溶液の分解が抑制されて安定化し、白金の析出速度を遅くする作用があるため、分布が粗である大きな白金核の形成を促進するからと考えられる。 【0017】 【化1】
【0018】 また、酸を含む白金溶液は白金核の形成に悪影響を与えない添加物であれば種々の添加物を含有することができる。
【0019】
セラミック体としては、特に限定しないが、自動車用酸素センサとして用いる場合は、酸素イオン伝導性を有するセラミック体を用いることが好ましく、例えば特開昭54−4913号公報に記載のジルコニア固体電解質等、高温下における使用にも耐え得る材料を用いることができる。 ジルコニア固体電解質を用いる場合のジルコニア固体電解質の製法は、例えば、ジルコニア(ZrO
2 )にイットリア(Y 2 O 3 )を所定量添加し、粉砕し、仮焼結を行った後、これを成形して所望の形状とし、焼成することにより作製され得る。 多孔質膜を形成するためのセラミック体の形状は、筒状、平板状、棒状、管状等、種々の形態をとることができ、特に限定しないが、自動車用酸素センサとして用いる場合は、一端閉塞の筒状とすることが好ましい(図3参照)。 図3は、酸素センサの一実施例の概略断面図を示す。 図3において、31はセラミック体を、32は基準ガス側電極を、33は検出ガス側電極を、34は基準ガス側、35は検出ガス側を示す。 【0020】
還元剤としては、白金溶液及びセラミック体と不必要な反応を起こさない還元剤であれば、ヒドラジン(N
2 H 4 )等種々の公知である還元剤を用いることができる。 メッキ液としては、白金錯塩を主成分とするメッキ液であれば種々の公知のメッキ液を用いることができる。 【0021】
工程1において、酸を含む白金溶液を接触させる部分は、セラミック体の表面であれば偏平面の他、曲面、凹凸面等特に限定せず、多孔質膜を形成したいセラミック体の表面に接触させればよい。 特に、自動車用酸素センサの電極の作製として用いる場合は、一端閉塞の筒状セラミック体の内側の面と外側の面との2つの面に接触させるとよい。 接触は、白金溶液がセラミック体に所定時間接触する状態に安置できる手段であれば、塗布でもよいし、浸漬でもよいし、特に手段は限定しない。 酸の種類も特に塩酸が好ましいが、他の酸を用いてもよい。
【0022】
工程2において、還元剤の添加は、該還元剤を直接添加してもよいし、水、緩衝液等に希釈してから添加してもよく、添加する手段は、塗布、浸漬等還元剤が白金溶液を接触させたセラミック体部分に所定時間接触する状態に安置できる手段であれば、特に手段は限定しない。
【0023】
工程3において、メッキ液を接触させる部分は、工程1及び2において、酸を含む白金溶液を接触させ、還元剤を添加した部分である。 接触させる手段は、工程1において塩酸を含む白金溶液を接触させる手段と同様、メッキ液がセラミック体に所定時間接触する状態に安置できる手段であれば、塗布でもよいし、浸漬でもよいし、特に限定しない。
【0024】
工程4において、熱処理はメッキ膜から余分な物質を除去した後に行うのが好ましく、例えば十分に水洗いをした後、乾燥させた後に行うことが好ましい。 熱処理の雰囲気、温度、及び時間は、セラミック体の大きさ、メッキ膜の大きさ、厚さ等により種々のものとすることができるが、温度は、好ましくは600℃以上1000℃以下である。
【0025】
また、本発明による多孔質膜の形成方法は、自動車用酸素センサの電極を作製する際に用いることが好ましいが、他のセンサの電極形成用あるいはセンサ以外のメッキ膜形成用等として用いることも可能であり、その用途は限定されない。
【0026】
【実施例】
以下、本発明の実施例について更に詳説する。 但し、本発明はこれらの実施例に決して限定されない。
【0027】
<実施例1>
一端閉管構造のジルコニア固体電解質(Y
2 O 3で安定化したZrO 2 98%以上)の内面をモル濃度5%のフッ酸にて処理した。 水洗処理後、0.1規定度の塩酸(HCl)を加えた0.1g/lの塩化白金酸溶液(H 2 PtCl 6 )を該一端閉管構造のジルコニア固体電解質の内面に塗布した後、還元剤としてモル濃度5%のヒドラジン(N 2 H 4 )を添加して、1時間安置してジルコニア固体電解質の表面に島状の白金核を析出させた。 更に該白金核が析出したジルコニア固体電解質表面上に白金錯塩を主成分とするメッキ液に接触させつつ所定の温度に加熱して無電解メッキ法によって層状の白金のメッキ膜を形成した。 該メッキ膜が形成されたジルコニア固体電解質を水洗いした後、乾燥した。 次に該ジルコニア固体電解質を600℃〜1000℃で熱処理を行い、白金の多孔質膜を有するジルコニア固体電解質を得た。 【0028】
<実施例2〜5及び比較例1>
塩化白金酸溶液の塩酸含有量を異なる規定度とした他は実施例1と同様の材料及び方法を用いてジルコニア固体電解質に多孔質膜を形成し、塩化白金酸が含有する塩酸の規定度が0N(塩酸無添加)のものを比較例1、塩酸の規定度が0.015Nのものを実施例2、規定度が0.030Nのものを実施例3、規定度が0.060Nのものを実施例4、規定度が0.100Nのものを実施例5とし、実施例一つにつき試料を50個作製した。
【0029】
<密着性測定試験>
実施例2〜5及び比較例1の多孔質膜が形成されたジルコニア固体電解質を水素還元雰囲気中で750℃の高温に7時間晒し、フクレ(blister;多孔質膜とジルコニア固体電解質との間にガス、液体等が蓄積して局部的にふくれる状態)が発生したものの数により、フクレの発生率を算出し、塩酸濃度の違いによる多孔質膜の密着性を調べた。 この結果を表1に示す。
【0030】
【表1】
【0031】
更にこの結果をグラフにしたものを図2に示す。 図2は、横軸が塩化白金酸溶液に添加した塩酸の規定度を、縦軸がフクレの発生率(%)を表す。 塩酸を含有しない塩化白金酸溶液を用いた比較例1においては、フクレの発生率が80%まで達しているのに対して塩酸を含有する塩化白金酸溶液を用いた実施例2〜5においては、塩化白金酸が含有する塩酸の濃度が増加するにつれてフクレの発生率が減少し、塩酸濃度0.03規定度(実施例2)では約6%に、塩酸濃度0.06規定度以上(実施例4〜5)においては、フクレの発生率はほぼ0%となった。 即ち、セラミック体に対する多孔質膜の密着性は、白金溶液が含有する塩酸の濃度に依存し、該塩酸の濃度が高くなるほど密着性が高くなることがわかる。 従って、本発明による塩酸を含有する白金溶液を用いれば、高い密着性の多孔質膜を有するセラミック体を作製することができる。
【0032】
<実施例3>
図4に本発明による方法を用いて作製した自動車用酸素センサの一実施例を示す。 酸素センサ41は、ジルコニア固体電解質42と、その内面及び外面に本発明による方法により形成された白金の多孔質膜の電極43と、を具備する検出素子部44により酸素濃度が測定される。 また、検出素子部44は、管状部材45及び充填剤46を介して、耐熱鋼製のハウジング47に固定され、更に検出素子部44の先端には保護管48が被せられている。
【0033】
【発明の効果】
酸を含む白金溶液を用いてセラミック体の表面を処理し、セラミック体の表面に分布が粗である極めて大きい白金核を形成させた後、無電解メッキ法を行うことにより、セラミック体との間の密着性に優れ、電極としての反応活性に優れた多孔質膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】(a)は塩酸を含有しない白金溶液を用いて析出された白金核のXMA元素分析結果(カラーマッピング)を表す金属組織の写真、(b)は本発明による、塩酸を含有する白金溶液を用いて析出された白金核のXMA元素分析結果(カラーマッピング)を表す金属組織の写真である。
【図2】比較例1、及び本発明の実施例2〜5に関するフクレの発生率を示すグラフである。
【図3】酸素センサを示す概略断面図である。
【図4】本発明による方法を用いて作製された自動車用酸素センサの一実施例である。
【符号の説明】
31・・・セラミック体32・・・基準ガス側電極33・・・検出ガス側電極34・・・基準ガス側35・・・検出ガス側41・・・酸素センサ42・・・ジルコニア固体電解質43・・・電極44・・・検出素子45・・・管状部材46・・・充填剤47・・・ハウジング48・・・保護管
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