【発明の詳細な説明】 【0001】 【産業上の利用分野】本発明は、例えばアルミニウム、 銀、亜鉛などの金属を高周波誘導加熱により真空蒸着処理する場合に、溶融金属の容器として用いられる黒鉛ルツボに関するものである。 【0002】 【従来の技術】真空蒸着用黒鉛ルツボは、例えばポリエステルのフィルムにアルミニウム等の蒸着被膜を形成する際にアルミニウム等の金属を溶融する容器として用いられている。 【0003】この金属を溶融および蒸着する際の加熱方法としては、被加熱物を急速に加熱しうる高周波誘導加熱法が広く採用されている。 【0004】この高周波誘導加熱法により金属を加熱するには、金属を直接に誘導加熱する方式が最も効率的であるが、アルミニウムのような高周波誘導加熱によっては高温に加熱しにくい誘導加熱特性の悪い金属を高周波誘導加熱するような場合、黒鉛などの誘導加熱される材質をルツボとして用い、高周波誘導加熱によってまずルツボを加熱し、このルツボの発熱によって金属を加熱する、いわゆる間接加熱法が採用されている。 【0005】高周波誘導加熱では、黒鉛ルツボの側壁内部には渦電流が誘起されるが、表皮効果により渦電流の強さは側壁の外表面からルツボ内部にいくほど指数関数的に減衰する。 【0006】従って、誘導コイルに面したルツボ外表面が最も高温となり、例えば蒸着中に発生するアルミニウム蒸気と高温のルツボ外表面が反応することで強度的に劣化し破損が生じるという問題があった。 【0007】従来の黒鉛ルツボの耐久性を向上させる試みとしては、溶融金属の浸透を防止する観点から、専ら黒鉛材の気孔量の低減および耐食処理等が主に提案されてきた(特開平2―240255号公報,特開平4―2 72170号公報,特開平5―97549号公報他)。 【0008】黒鉛ルツボの電気比抵抗については、経験的に900μΩcm前後のものが従来使用されており、 耐久性の向上を目的として黒鉛ルツボの電気比抵抗に着目した提案はなされていなかった。 【0009】また、黒鉛ルツボの側壁の肉厚は任意に決められており、ルツボの電気比抵抗と関連づけて提案されたことはなかった。 【0010】本発明は、高周波誘導加熱の特徴に着目して、黒鉛ルツボの電気比抵抗とこのルツボ側壁の肉厚を制御したものにアルミナ等により耐食処理することにより、従来の耐食処理した黒鉛ルツボより耐久性が更に向上することを見出したものである。 【0011】また、蒸着時のエネルギー効率を考慮した場合、黒鉛ルツボの発熱による間接加熱よりは、コイルへの投入電力の一部をアルミニウム等の溶融金属への直接的な誘導加熱に利用した方が、加熱効率を向上させ消費電力を節減できると期待される。 【0012】 【発明が解決しようとする課題】本発明は、上記のように黒鉛ルツボの耐久性の向上および投入電力の低減による効率的な蒸着を達成し解決しようとするものである。 【0013】つまり、黒鉛ルツボの外表面を極端に発熱させることなく金属の蒸着を可能とすることにより、金属蒸気(特にアルミニウムなどの炭素に対して高反応性の蒸気)との反応によるルツボの劣化および破損を低減してルツボ寿命を延ばし、黒鉛ルツボと共に溶融金属にも直接的に誘導加熱をおこなうことで、低電力で蒸着可能な真空蒸着用黒鉛ルツボを提供することを目的とする。 【0014】 【課題を解決するための手段】本発明は、高周波誘導加熱により溶融金属を真空蒸着させるための黒鉛ルツボであって、この黒鉛ルツボにアルミナ処理が施されて、電気比抵抗が室温において1000μΩcmより高く18 00μΩcm以下で、ルツボ側壁の肉厚が6〜14mm であることを特徴とする真空蒸着用黒鉛ルツボである。 【0015】本発明の内容をさらに具体的に説明する。 【0016】本発明において黒鉛ルツボの電気比抵抗と黒鉛ルツボの側壁の肉厚を規定する理由は、黒鉛ルツボ最外表面の発熱を抑えてルツボ壁内部の発熱量の比率を上げて、ルツボ外表面での金属蒸気との反応を抑え、しかも金属を効率よく蒸発させるためである。 【0017】高周波誘導加熱は、コイルに流れる高周波電流により生じた交番磁界により、コイル内部に対面した黒鉛ルツボと溶融金属の外表面に、表皮効果により、 それらの内部に向かって指数関数的に減衰する渦電流を発生し、そのジュール熱で発熱をさせる方法である。 【0018】このとき被熱体の表面に生じる渦電流の浸透深さ(δ:発熱に有効とされる渦電流の外表面からの深さ)は次の式で得ることができる。 【0019】 【数1】δ(cm)=5030(ρ/μf) 1/2 【0020】ρ:電気比抵抗(Ωcm)、μ:被熱体の比透磁率(黒鉛の場合μ=1)、f:周波数(Hz) 【0021】ここで黒鉛ルツボの電気比抵抗と使用される周波数が決まれば浸透深さδが決まる。 【0022】このδがルツボ側壁の肉厚より大きいとルツボを透過した交番磁界により、溶融金属に直接的に誘導加熱が起こる。 【0023】一方、δがルツボ側壁の肉厚より小さいと誘導加熱は主に黒鉛ルツボのみになされ、溶融金属は黒鉛ルツボからの伝熱による間接加熱となる。 【0024】黒鉛の電気比抵抗は温度依存性があり、例えばアルミニウムの蒸着においては1400℃付近の温度で行なわれるため、この時の黒鉛の高温電気比抵抗は室温の電気比抵抗の約0.75倍と見積られ、1400 ℃におけるδはこの高温電気比抵抗にもとずいて計算される。 【0025】有限要素法を用いた電磁場解析によると、 黒鉛ルツボを透過した磁場による溶融金属の発熱は、金属湯面と黒鉛ルツボが接触した湯面周囲部分が最も大きく、この部分からの金属の蒸発が主であることが判った。 【0026】このことから、金属を効率よく蒸発させるためには、誘導加熱により発熱した黒鉛ルツボからの伝熱と溶融金属を直接的に誘導加熱することによる発熱をバランスよく合わせることにより、黒鉛ルツボのみを誘導加熱して蒸着する投入電力よりも低電力で金属を蒸発可能にすることを見い出した。 【0027】また、発熱部分がルツボ外周付近から内部に移ったことで、従来使用されていたルツボ保温のための断熱材がなくても充分に蒸着が可能である。 【0028】更に、溶融金属が直接的に誘導加熱される分、黒鉛ルツボの外表面が必要以上に加熱されることがなくなるため、反応性の高い金属蒸気(例えばアルミニウム蒸気)との反応が低減され、黒鉛ルツボの耐久性を向上させることができる。 【0029】本発明の真空蒸着用黒鉛ルツボの電気比抵抗は1000μΩcmより高く1800μΩcm以下であることがよい。 【0030】電気比抵抗が1000μΩcm以下では誘導加熱された黒鉛ルツボからの伝熱による溶融金属の加熱が主なため、コイルへの投入電力を大きくしなければならないうえに、表皮効果により黒鉛ルツボの外表面の温度が上がりすぎて金属蒸気と反応してルツボ外表面の消耗も増大する。 【0031】一方、1800μΩcmより高い電気比抵抗では、浸透深さが大きくなり過ぎるため黒鉛ルツボに生じる直接的な渦電流の量が減少して、誘導コイルへの投入電力を大きくしても金属の溶解に時間がかかり作業性が低下する。 【0032】好ましくは1100〜1400μΩcmがよい。 この黒鉛ルツボにはアルミナ処理が施されるが、 この処理の前後で電気比抵抗が変化することはない。 【0033】真空蒸着用黒鉛ルツボの側壁の肉厚は6〜 14mmであることが望ましい。 この肉厚が6mmより薄いと、蒸着使用中に起る黒鉛の減肉によりルツボの耐久性に問題が生じる。 【0034】また、14mmより厚いと発熱に有効な磁界の領域以上に黒鉛ルツボの肉厚があるために黒鉛ルツボの温度を充分に上げることができず、また溶融金属へ直接的に誘導加熱ができない。 好ましくは7〜11mm がよい。 【0035】上記の真空蒸着用黒鉛ルツボは、更に耐久性を延ばすためにアルミナ、シリカ等のセラミックス材料で処理することができる。 【0036】特にアルミナ処理を施して黒鉛の細孔にアルミナを充填すると溶融金属の侵入が防止され、金属炭化物の生成を効果的に抑制できる。 アルミナ処理は、例えばアルミナゾルを黒鉛ルツボに含浸したのち乾燥する方法で行なうことができる。 【0037】 【作用】ルツボ材質である黒鉛の電気比抵抗が1000 μΩcmより高く1800μΩcm以下であり、このルツボ側壁の肉厚が6〜14mmである場合には、高周波コイルに投入された電力を黒鉛ルツボと溶融金属にバランスよく配分して各々を直接的に誘導加熱するため、低電力で効率よく金属を蒸発する。 【0038】また、黒鉛ルツボの外表面が必要以上に高温とならないため、金属蒸気との反応による劣化あるいは消耗が少なく耐久性が向上する。 【0039】 【実施例】次いで、本発明を実施例により比較例と対比しながら説明する。 【0040】 【実施例1】嵩密度1.92g/cm 3 、電気比抵抗1 100μΩcmの等方性黒鉛材を切削加工して外径11 0mm,内径98mm,深さ80mm,高さ90mmの黒鉛ルツボを得た。 これをアルミナゾルに浸漬して含浸処理をしたのち乾燥した。 【0041】 【実施例2】嵩密度1.91g/cm 3 、電気比抵抗1 200μΩcmの等方性黒鉛材を切削加工して外径11 0mm,内径94mm,深さ80mm,高さ90mmの黒鉛ルツボを得た。 これをアルミナゾルに浸漬して含浸処理をしたのち乾燥した。 【0042】 【実施例3】嵩密度1.90g/cm 3 、電気比抵抗1 400μΩcmの等方性黒鉛材を切削加工して外径11 0mm,内径90mm,深さ80mm,高さ90mmの黒鉛ルツボを得た。 これをアルミナゾルに浸漬して含浸処理をしたのち乾燥した。 【0043】 【実施例4】嵩密度1.90g/cm 3 、電気比抵抗1 600μΩcmの等方性黒鉛材を切削加工して外径11 0mm,内径86mm,深さ80mm,高さ90mmの黒鉛ルツボを得た。 これをアルミナゾルに浸漬して含浸処理をしたのち乾燥した。 【0044】 【実施例5】嵩密度1.89g/cm 3 、電気比抵抗1 800μΩcmの等方性黒鉛材を切削加工して外径11 0mm,内径82mm,深さ80mm,高さ90mmの黒鉛ルツボを得た。 これをアルミナゾルに浸漬して含浸処理をしたのち乾燥した。 【0045】 【比較例1】嵩密度1.93g/cm 3 、電気比抵抗1 000μΩcmの等方性黒鉛材を切削加工して外径11 0mm,内径98mm,深さ80mm,高さ90mmの黒鉛ルツボを得た。 これをアルミナゾルに浸漬して含浸処理をしたのち乾燥した。 【0046】 【比較例2】嵩密度1.93g/cm 3 、電気比抵抗1 000μΩcmの等方性黒鉛材を切削加工して外径11 0mm,内径90mm,深さ80mm,高さ90mmの黒鉛ルツボを得た。 これをアルミナゾルに浸漬して含浸処理をしたのち乾燥した。 【0047】 【比較例3】嵩密度1.93g/cm 3 、電気比抵抗1 000μΩcmの等方性黒鉛材を切削加工して外径11 0mm,内径82mm,深さ80mm,高さ90mmの黒鉛ルツボを得た。 これをアルミナゾルに浸漬して含浸処理をしたのち乾燥した。 【0048】 【比較例4】嵩密度1.89g/cm 3 、電気比抵抗1 900μΩcmの等方性黒鉛材を切削加工して外径11 0mm,内径82mm,深さ80mm,高さ90mmの黒鉛ルツボを得た。 これをアルミナゾルに浸漬して含浸処理をしたのち乾燥した。 【0049】 【比較例5】嵩密度1.92g/cm 3 、電気比抵抗1 100μΩcmの等方性黒鉛材を切削加工して外径11 0mm,内径100mm,深さ80mm,高さ90mm の黒鉛ルツボを得た。 これをアルミナゾルに浸漬して含浸処理をしたのち乾燥した。 【0050】 【比較例6】嵩密度1.92g/cm 3 、電気比抵抗1 100μΩcmの等方性黒鉛材を切削加工して外径11 0mm,内径80mm,深さ80mm,高さ90mmの黒鉛ルツボを得た。 これをアルミナゾルに浸漬して含浸処理をしたのち乾燥した。 【0051】実施例および比較例で得られた黒鉛ルツボに純度99.9wt%のアルミニウムを入れ、このルツボを周囲を取り巻くように形成された誘導加熱コイルの中にセットし、10 -4 torrに減圧した後、10kH zの高周波電流をコイルに流すことによって1400℃ に加熱し、ルツボの上方を走行するポリエステルフィルムにアルミニウム被膜を蒸着した。 【0052】第1表には、黒鉛ルツボの電気比抵抗、 計算により見積られた黒鉛ルツボに発生する渦電流の浸透深さ(室温および1400℃において)、黒鉛ルツボの側壁の肉厚、アルミニウム蒸着膜厚を300 オングストロームにするために必要な投入電力、蒸着可能な黒鉛ルツボの耐久時間を示した。 【0053】尚、ルツボの耐久性は、コイルへの投入電力を上げても、所定の蒸着膜厚が得られなくなった時点を寿命と判断した。 【0054】寿命の時点において比較例4,5がルツボ上半分に亀裂が発生し、他は亀裂の発生はなかった。 【0055】 【表1】 【0056】第1表から、実施例の黒鉛ルツボは比較例の黒鉛ルツボより低電力で所定の膜厚のアルミニウム被膜を得ることができ、しかもルツボの耐久時間も約2倍近く長いことが判る。 【0057】 【発明の効果】以上のように、本発明による真空蒸着用黒鉛ルツボは、黒鉛ルツボの電気比抵抗とこの側壁の肉厚をコントロールしていることから、黒鉛ルツボと溶融金属にバランスよく交番磁場を振り分けて、効率のよい高周波誘導加熱が可能となったものである。 【0058】これにより黒鉛ルツボの外表面を必要以上に高温にすることなく低電力で蒸着が可能となるうえに、黒鉛ルツボの消耗を抑えて耐久性を向上できることから、その実用性能を極めて増大する。 |