【0001】 【発明の属する技術分野】 本発明は、基材表面に形成した不転写性を呈する撥水膜に関し、更に詳しく述べると、撥水膜用液組成物を基材表面に塗布し、乾燥することで形成される撥水膜において、ハンドリング治具を介して撥水成分の転写が起こらないようにした不転写性撥水膜に関するものである。 【0002】 【従来の技術】 【特許文献1】 特開2001−172417公報【特許文献2】 特表2002−529355公報【0003】 ガラス板その他の基材に撥水性を付与するために、基材表面に撥水膜を形成することがある。 このような撥水膜は、例えばシリコンアルコキシドまたはその加水分解物、フルオロアルキル基含有シラン化合物、及び酸を溶媒に溶解した撥水膜用液組成物を基材表面に塗布し、乾燥することで形成される(例えば特許文献1参照)。 特に、自動車用の窓ガラスでは、このような撥水処理が行われることも多い。 【0004】 ところで、自動車の製造工程では、種々の車種又は仕様の自動車が製造されるが、それに伴い、撥水膜を形成した窓ガラス板と通常の(撥水膜を有しない)窓ガラス板とが混在してラインに供給される。 【0005】 これらの窓ガラス板は、吸盤構造のハンドリング治具で取り扱われるが、その際、ハンドリング治具を撥水膜に対して吸着させるため、該ハンドリング治具の表面に撥水成分が付着することがある。 次に、このハンドリング治具を用いて通常の窓ガラス板を取り扱うと、該ハンドリング治具に付着していた撥水成分が通常の(撥水膜を有しない)窓ガラス板に転写(再付着)してしまう。 このような転写現象は、撥水膜の品質を低下させるばかりでなく、転写した不要な撥水成分の除去に手間がかかるなど様々な不具合を招来する。 【0006】 そこで、このような問題を解決するための対策として、撥水膜の表面に転写防止用の粘着フィルムを貼付する方法、撥水性能に悪影響を与えず水で洗い流せる界面活性剤を撥水膜の上に薄膜状に塗布する方法(特許文献2参照)などが行われてきた。 【0007】 【発明が解決しようとする課題】 しかし転写防止用の粘着フィルムを貼付する方法は、フィルム貼付作業、ハンドリング後のフィルム剥離作業など、作業工数が増加するし、使用したフィルムの廃棄処分も必要となる。 特に昨今の環境対策から、廃棄物量の増大は問題である。 【0008】 また界面活性剤を塗布する方法は、塗布工数の増加、除去工程(水シャワー)の設置、界面活性剤が混入した廃水の処理などが必要となる。 【0009】 本発明の目的は、撥水膜自体に転写が起こらないような性質を付与することにより、フィルム貼着や界面活性剤の塗布などの作業を不要として、工数増加や環境負荷の増大が生じないようにした不転写性撥水膜を提供することである。 【0010】 【課題を解決するための手段】 本発明者らは、かねてより撥水膜の研究開発を行っており、表面の平滑性を高めることにより水滴の転がり性を高め、また基板との結合力を高めることにより高い耐擦傷性、耐候性を有する撥水膜を開発した。 それが、シリコンアルコキシドまたはその加水分解物、フルオロアルキル基含有シラン化合物、及び酸を溶媒に溶解した撥水膜用液組成物を基材表面に塗布し、乾燥することで形成される撥水膜である。 更に、この技術開発を進めていく過程で、特定の組成範囲に限定すると、撥水性を呈することは無論のこと、その他に、不転写性(転写が起こらない性質)が新たに発現することを見出した。 本発明は、かかる現象の知得に基づきなされたものである。 【0011】 本発明は、シリコンアルコキシド、フルオロアルキル基含有シラン化合物、及び酸を溶媒に溶解した撥水膜用液組成物を基材表面に塗布し、乾燥することで形成される撥水膜において、 撥水膜用液組成物として、 (A)シリコンアルコキシドまたはその加水分解物:0.05〜0.20質量%(シリカ換算) (B)フルオロアルキル基含有シラン化合物:0.001〜0.003質量%(シリカ換算) (C)酸:(0.01〜0.30)/酸の価数mol/l (D)水:0.5〜2.0質量% (E)アルコール系溶媒:残部からなる組成範囲内の液組成物を用いて形成され、膜に接触するハンドリング治具を介して撥水成分の転写が起こらないようにしたことを特徴とする不転写性撥水膜である。 【0012】 本発明において、撥水膜の表面におけるフッ素濃度は、フッ素原子とケイ素原子との比で0.8〜1.2とするのが好ましい。 (A)シリコンアルコキシドまたはその加水分解物に対する(B)フルオロアルキル基含有シラン化合物の比が小さすぎると撥水膜の撥水性能が低下し、逆に大きすぎると撥水膜の機械的耐久性が低下する。 従って、破水膜としてのフッ素原子とケイ素原子の比としては、上記の範囲が好ましいのである。 【0013】 また本発明は、このような撥水膜で被覆されている物品である。 種々の物品が可能であるが、なかでも典型的な物品は、自動車用の窓ガラス板である。 前記の撥水膜用液組成物をガラス板表面に塗布し、乾燥することで形成される。 【0014】 【発明の実施の形態】 本発明に係る撥水膜は、 (A)シリコンアルコキシドまたはその加水分解物:0.05〜0.20質量%(シリカ換算) (B)フルオロアルキル基含有シラン化合物:0.001〜0.003質量%(シリカ換算) (C)酸:(0.01〜0.30)/酸の価数mol/l (D)水:0.5〜2.0質量% (E)アルコール系溶媒:残部からなる組成範囲内の撥水膜用液組成物を用る。 そして、この撥水膜用液組成物を基材表面に塗布し、乾燥することで撥水膜が形成する。 得られた撥水膜は不転写性を呈し、それに吸盤構造のハンドリング治具を吸着させ、更に他の通常のガラス板を吸着させても、撥水成分の転写は起こらない。 【0015】 従来技術においてハンドリングの際に撥水成分の転写(再付着)が生じていた理由は、余剰の撥水成分が存在していたためと考えられる。 つまり、ガラス表面もしくは下地部分の化学結合サイト数に対して、撥水性能を示すフルオロアルキル基含有シラン化合物の数が余剰に存在するため、余剰分は化学結合せず、表面上に弱い物理吸着(ファンデルワールス力により付着)しているのみであると推測される。 そのため、吸盤などのハンドリング治具により撥水膜の表面に強い力が加わると、余剰撥水成分が容易にハンドリング治具に付着し、それが他の物品を取り扱う時に転写(再付着)するのである。 しかし本発明では、基材表面の化学結合サイト数に対して、撥水性能を呈するフルオロアルキル基含有シラン化合物の数を最適にしたことにより、表面上に存在する撥水成分は全て化学結合によって存在させており、余剰撥水成分が存在しないために転写が起こらないのである。 【0016】 そのため具体的には前記のように、シリコンアルコキシドまたはその加水分解物は、シリカ換算で0.05〜0.20質量%の範囲内とする。 その範囲よりも添加量を多くした場合には、反応サイト数を増やすことはできるが、同時に膜厚も厚くなることから、機械的耐久性が低下する不具合が生じる。 逆に、添加量を少なくした場合、膜厚が薄くなることから、機械的強度を確保することができるが、反応サイト数を減らすことになるために、撥水性能自体が低下する不具合が生じる。 【0017】 フルオロアルキル基含有シラン化合物は、シリカ換算で0.001〜0.003質量%とする。 その範囲よりも添加量を多くした場合、撥水成分が増えることから撥水性能は高まると考えられるが、多すぎた場合には、限られた反応サイト数以上に存在する撥水成分は、余剰分として基材に化学結合することなく弱い分子間力により吸着しただけとなり、転写が起こる。 添加量を少なくした場合、撥水成分の絶対量が少なくなることから撥水性能は低下する。 【0018】 酸の濃度は、シリコンアルコキシドまたはその加水分解物とフルオロアルキル基含有シラン化合物との組成比ファクタによって決定される。 酸濃度が高くなると液中のシリコンアルコキシドまたはその加水分解物の縮合反応が起こり易くなり、溶液のポットライフが短くなる。 酸濃度が低くなると、液中のシリコンアルコキシドまたはその加水分解物の縮合反応が起こり難くなり、膜の耐久性、機械的強度を十分に保つことができない。 【0019】 水の濃度も、シリコンアルコキシドまたはその加水分解物とフルオロアルキル基含有シラン化合物との組成比ファクタによって決定される。 水の濃度が低いほど、縮合反応が起こり易くなる。 水の濃度が高くなると、溶液中のシリコンアルコキシドまたはその加水分解物の加水分解反応が促進され、かつ脱水縮合反応が起こり易くなるため、溶液のポットライフが短くなり、また溶液の塗布後の乾燥の際に膜厚のむらが生じるなどの不具合が生じる。 【0020】 撥水膜用液組成物の基材表面への塗布は、公知の任意の方法を用いてよい。 乾燥は室温で行ってよく、勿論、加熱(150℃程度以下の温度で)乾燥してもよい。 乾燥後、撥水膜の緻密性を更に高めるために、300℃程度以下の温度で焼成することも可能である。 【0021】 【実施例】 次に、シリコンアルコキシドまたはその加水分解物、フルオロアルキル基含有シラン化合物、及び酸(塩酸)を溶媒に溶解した撥水膜用液組成物について、本発明で規定する範囲に含まれる撥水膜用液組成(実施例1−3)と範囲外の撥水膜用液組成(比較例1−4)のコーティング液を調製し、ガラス板の表面に塗布し乾燥して撥水膜を形成した。 各実施例及び各比較例の液組成と不転写性評価の結果を表1に示す。 なお、括弧内はハンドリング回数を示す。 【0022】 【表1】
【0023】 不転写性評価(転写の有無の評価)は、次のようにして行った。
1. サンプル(表面に撥水膜を形成したガラス板、質量:約4kg)の撥水面に対してハンドリング治具である吸盤(吸盤材質:フッ素ゴム、吸盤径:80mmφ)を圧接して吸着させる(吸着圧:−85kPa)。
2. 吸着させた後、サンプルを30秒間垂直保持し、吸盤面に負荷をかける。 この時、同一箇所では吸着させずに、常に新しい撥水面に吸盤を吸着させ、負荷をかける。
3. 任意回数毎に洗浄(セリコ洗浄)した非撥水ガラス面に同条件で吸盤を吸着させる。 非撥水ガラスも同一箇所には吸着させない。
4. 非撥水ガラス面を水で濡らし、吸盤跡で水を弾くか否かを確認する。
5. XPS(X線光電子分光分析)によって非撥水ガラス面の表面撥水成分の定量を行い、転写の有無を確認する。
6. 吸盤状に水を弾かない場合、または表面撥水成分が検出されない場合を転写無しと判断し、吸盤状に水を弾いた場合、または表面撥水成分が検出された場合を転写有りと判断する。
【0024】
本発明に係る実施例1−3は、いずれも1000回のハンドリングに対しても転写は生じなかった。 それに対して、シリコンアルコキシドまたはその加水分解物の少ない比較例1は、1回のハンドリングで弱い転写が起こり、10回のハンドリングで転写があった。 またシリコンアルコキシドまたはその加水分解物が少なく且つフルオロアルキル基含有シラン化合物が多い比較例2と比較例4は、共に1回のハンドリングでも転写が生じた。 更にシリコンアルコキシドまたはその加水分解物が多く且つフルオロアルキル基含有シラン化合物も多い比較例3は、1回のハンドリングで弱い転写があり、10回のハンドリングで転写があった。
【0025】
このように、本発明で規定する範囲に含まれる撥水膜用液組成を用いた撥水膜は、範囲外の撥水膜と比較して、不転写性という点で、明確な質的相違が認められた。
【0026】
更に参考例として、他の構成の撥水膜についても転写の有無を調査した。
参考例1:クロロシラン+アルコール溶媒でシリカ下地膜を形成し、次にFAS-C1撥水成分の塗り込みによる成膜(2層式)
参考例2:ジメチルシロキサン撥水成分を酸のもとでの塗り込みによる成膜これらの2種では、いずれも10回以内のハンドリングで転写が起こった。
【0027】
【発明の効果】
本発明は上記のように、シリコンアルコキシドまたはその加水分解物、フルオロアルキル基含有シラン化合物、及び酸を溶媒に溶解した撥水膜用液組成物を特定の組成範囲に限定したことにより、撥水膜自体に不転写性(転写が起こらないという性質)が発現するため、フィルムを貼着したり界面活性剤を塗布する等の転写防止対策が不必要となる。 その結果、工数や設備の増加が生じず、環境負荷の増加も生じないなどの効果が得られる。
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