【0001】 【発明の属する技術分野】 本発明は、眼用レンズ一般に関し、特に、少なくとも一方の表面に表面構造を有するハードタイプならびにソフトタイプのコンタクトレンズに関する。 【0002】 【従来の技術】 コンタクトレンズは、眼の屈折異常を矯正するのによく用いられている。 コンタクトレンズは、殆ど多くの場合、人間の視力を矯正するのに用いられるが、コンタクトレンズが動物の眼に用いられることもある。 【0003】 コンタクトレンズは、初期の頃には硬いプラスチックから作られていた。 今日のコンタクトレンズの多くは、柔らかいヒドロゲルから作られている。 これは、ソフトコンタクトレンズ(柔らかいコンタクトレンズ)が遥かに着け心地の良いものだからである。 ただ、依然として硬いハードタイプのレンズに根強い人気があるのは、取り扱いが簡便であるためで、しかも、ハードタイプのレンズを使えば特定の種類の屈折異常(例えば乱視)がより容易く矯正されるからである。 【0004】 レンズの着け心地は、ハードタイプのコンタクトレンズ(ハードコンタクトレンズ)及びソフトタイプのコンタクトレンズ(ソフトコンタクトレンズ)のいずれに対しても重要な問題である。 レンズの着け心地は、レンズと眼の構造によって概ね決定され、とりわけ、レンズ表面と角膜との間の涙液の有無やその流量、さらにはレンズの前面の涙層によって決定される。 【0005】 既存の全てのコンタクトレンズの表面は、実質的に滑らかで、通常の単焦点コンタクトレンズの前面(前側の表面)ならびに後面(後側の表面)上では、いかなる表面のでこぼこでさえも無くすように注意が払われる。 唯一の例外は、通常後面に複数の小さな段差を有している2焦点回折レンズである。 これは、ハードタイプとソフトタイプの両方のコンタクトレンズに利用されている。 ハードコンタクトレンズを用いる場合、滑らかな表面は例えば研磨によって得られる。 角膜表面も滑らかな表面である。 したがって、涙層によって、これら二つの滑らかな表面の間に潤滑さが与えられなければならない。 【0006】 【発明が解決しようとする課題】 このように、現在使用されているコンタクトレンズの欠点は、角膜表面とコンタクトレンズの間の涙液が止まったりすると、レンズの着用に不快感を生じさせ、および/または着用者が潤滑用の点眼薬を使わなければならなくなることにある。 本発明は、着け心地が改善されることに加えて、より良好な角膜表面とレンズ表面との間の滑動を実現するコンタクトレンズを提供することを目的とする。 【0007】 コンタクトレンズの一方もしくは双方の面に適切に設けられた微細な表面構造が、斯かるレンズの光学的特性を劣化させることなく、着け心地を向上させることを示そう。 【0008】 コンタクトレンズの潤滑性が改善されるとレンズの着け心地が向上することになるので、一方もしくは双方のレンズ表面上における上記のような微細表面構造によって、感覚的ないし客観的な光学特性を向上させることにさえつながる可能性がある。 【0009】 従って、本発明の一つの課題は、一方もしくは双方の表面上に複数の微細な表面構造を備えたコンタクトレンズを提供することにある。 【0010】 本発明のさらなる課題は、優れた流体力学的特性を備えたコンタクトレンズを提供することにある。 【0011】 本発明の特別な一つの課題は、着け心地が改善されたコンタクトレンズを提供することにある。 【0012】 本発明のさらなる課題は、感覚的に感じられる光学品質が改善されたコンタクトレンズを提供することにある。 【0013】 本発明のさらに他の課題は、客観的な光学特性が改善されたコンタクトレンズを提供することにある。 【0014】 本発明のさらなる課題は、客観的な光学特性が改善された眼用レンズを提供することにある。 【0015】 【課題を解決するための手段】 以下の記述において、「コンタクトレンズ」という語は、ハードコンタクトレンズ(ハードタイプの硬いコンタクトレンズ)とソフトコンタクトレンズ(ソフトタイプの柔らかいコンタクトレンズ)の両方を意味するものとする。 「眼用レンズ」という語は、コンタクトレンズ、ならびにハードタイプないしソフトタイプの眼内レンズの両方を意味する。 【0016】 従来技術による単焦点のコンタクトレンズ(単焦点コンタクトレンズ)ならびに眼用レンズは、必ず滑らかな前面と滑らかな後面とを備えている。 大抵の眼用レンズにおいては、これらの面は球面とされている。 さらに、球状の前面の半径R F 、及び球状の後面の半径R Bは、互いに独立であり、良く知られた「厚肉レンズの公式」 【数1】
によって与えられる。 ここで、Dはレンズパワー、tは中心厚み、n Lは屈折率、n immはレンズが浸漬されている媒体の屈折率(コンタクトレンズの場合n imm =1)、R Fはレンズの前側半径、そしてR Bはレンズの後側半径である。 【0017】
特殊な用途に対しては、例えば最新の複焦点のレンズ(複焦点レンズ)といった、表面のいずれか一方もしくは双方が球面ではなく非球面とされたレンズも知られている。 こういったレンズのいずれにおいても、両表面は滑らか、すなわちできるだけ滑らかであるのが普通であり、これは往々にして研磨によって得られる。 従来技術の単焦点の眼用レンズは、研磨された表面か、あるいは表面の質がこの研磨された表面と実質的に同じであるような表面かのどちらかを有している。 研磨表面と表面の質が同じである表面は、モールディングされたレンズ、スピンキャスティングされたレンズ、ならびに「無研磨」高精度ダイアモンド旋盤(high precision diamond lathe)によって切削されるレンズに対して当てはまる。 従来技術による単焦点レンズにおいては、レンズの全体的な湾曲から局所的にずれたいかなる面素もレンズ誤差であり、それ故、許されない。 レンズ誤差に対する限界視認性(Critical visibility)は、例えばヨーロッパ規格EN ISO 9341に規定されている。
【0018】
回折型および/または屈折型の複焦点のレンズにおいても、2つの表面の一方は、出来る限り最高の仕上がり具合で滑らかに形成され、他方、反対側のレンズ表面は、何らかの回折型ないし屈折型の表面構造を備えることができる。
【0019】
本発明は、前面か後面のいずれか一方もしくは両方のレンズ表面が、表面積を増加させるための手段を有するように変更が加えられた上述のような従来型のレンズを提供することを目的とする。 上記表面積を増加させるための手段は、眼で見ることができる実質的に環状の複数の溝部といった表面構造を備えている。 これらの溝部は、溝部内の曲率がもともとのレンズ表面の曲率とは異なるように切削することができる。 このような複数の溝部の組み合わせによって微細な表面構造が実現される。 これらの溝部の形状は、このような略環状の溝部を有するレンズが、一つのレンズのパワーで同じ光の強度を単焦点レンズの場合に有するように、あるいは、主要なパワーで同じ強度を複焦点レンズの場合に有するように選ばれる。 同じ結果物、つまり溝部ないし微細表面構造を有する同じレンズは、例えばモールディングといったような他のレンズ製造技術によって作製することは明らかである。
【0020】
本発明の一形態によれば、表面構造は、レンズの非光学的な部分の上にのみ設けられている。 この場合、表面構造は、いかなる輪郭形状および/または幾何学的形状ないし配置構造をも取ることができる。 表面構造が複数の環状の溝部として形成される場合、溝部は、上記表面における滑らかな曲線を含む包絡面から測ってtの深さを有するものとして規定することができ、λを光の波長とし、n
Lをレンズの屈折率とし、そしてn iを溝部内の媒体の屈折率としたときに、t(n L −n i )の値がλ/14より大きくなるようにすることができる。 【0021】
本発明の他の形態において、レンズは、同じ面積の環状のゾーン(帯)に分割されている。 このようなゾーンは、一般に「フレネル帯(Fresnel zones)」と呼ばれている。 ゾーン内のパワーは、一様ではなく、同じパワーではないが、所定の関数に従っている。 つまりゾーンが一つのパワー・プロフィール(power profile)を有している。 ゾーンを横切るパワー・プロフィールを平均することによって、このゾーンに対応付けられた平均パワーが決定されることになる。 全ての環状ゾーンの平均パワーは、全く同じでなければならない。 このパワー・プロフィールは、r
2空間で周期的であってもよいし、周期的でなくてもよい。 ここで、rの方向はレンズ軸線に対して垂直な方向である。 レンズは、ゾーン内の幾何学的な輪郭形状が上記のパワー・プロフィールを与えるように形成される。 こうして、肉厚レンズ(bulk lens)は、凸凹や微細構造を前面ないし後面、あるいはこれら両方の面に備えている。 斯かるパワー・プロフィール、さらには浮き彫りになる幾何学的ゾーン構造を適切に設計することによって、上記肉厚レンズが基本的に平均のゾーン・パワーに等しい単一パワーの単焦点レンズのように振舞う、つまりは表面構造がレンズの光学特性を犠牲にしないことが保証される。 【0022】
本発明の他の形態によれば、レンズは、面積の等しくない環状の複数のゾーンに分割されている。 ここでもまた、ゾーンの幾何学形状は、ゾーンがパワー・プロフィールを有するように設けられている。 ゾーンがフレネル型(Fresnelian type)でないので、斯かるパワー・プロフィールは、r
2空間において決して周期的にはならない。 全てのゾーンの平均パワーは、この場合もまた同じである。 このパワー・プロフィールのために、ゾーンは、ゾーンの一方もしくは双方の外側表面上に凸凹ないし表面構造を有している。 斯かるパワー・プロフィール、さらには浮き彫りになる表面構造を適切に設計することによって、上記肉厚レンズが基本的に平均ゾーン・パワーに等しい単一パワーの単焦点レンズのように振舞うことが保証される。 【0023】
本発明のさらに他の形態によれば、レンズの前面は、上述した条件に従って設計され、これにより、このような前面のパラメータの組が決定されることになる。 次いで、後面光学系を有する複焦点レンズは、このような前面のパラメータの組に従った前面を与えられる。 複焦点回折レンズは、好ましくは、周期的なパワー・プロフィールを有する環状ゾーンを有することができ、このとき、0次の回折次数における光の強度は、移送される全ての光の強度の少なくとも90%となっている、つまり複焦点回折レンズの他のいかなるパワーにおける光の強度よりも10倍大きくなっている。
【0024】
本発明のさらなる形態によれば、レンズの後面は、上述の条件に従って設計され、これにより、このような後面のパラメータの組が決定されることになる。 次いで、前面光学系を有する複焦点レンズは、このような後面のパラメータの組に従った後面を与えられる。
【0025】
本発明のさらに他の実施形態において、パワーDの眼用レンズは、このレンズの表面に形成された少なくとも2つの環状のゾーンを備えている。 どの環状ゾーン内における屈折力も、パワー・プロフィールに応じて変更でき、どの環状ゾーン内における平均的な屈折力(屈折パワー)も概ねDに等しい。 さらに、少なくとも一つのゾーン内でのパワープロフィールの最大値と最小値との間の差は、1ジオプトリより大きい。
【0026】
本発明のさらに他の形態は、以下に続く好ましい実施形態の説明から明らかになろう。
【0027】
【発明の実施の形態】
2つの滑らかな表面の間に潤滑剤があるとき、この潤滑剤が途切れる可能性のあることが流体力学から知られている。 そのため、潤滑剤が途絶えないようにし、表面間の直接的な物理的接触を回避する目的で、潤滑にされる対向表面の一方もしくは双方に微細な表面構造(微細表面構造)が設けられることが往々にしてある。 滑らかな表面に比べると、構造を有した表面は、潤滑化される表面と潤滑剤との間の表面積をより大きくすることになるため、適した構造を表面に設ければ、この表面と潤滑剤との間の吸引力を増加させることができる。
【0028】
このような対処の仕方がコンタクトレンズの場合に考えられたことはこれまでない。 本発明によれば、相応に設けられた微細表面構造が潤滑特性の向上に結びつき、それ故、レンズの着け心地の向上につながる点が考慮されている。 しかしながら、すぐにも思い浮かぶのは、レンズ上の如何なる微細表面構造も斯かるレンズの光学特性を劣化させるのではないかという点である。 以下に、レンズの光学特性を劣化させることなく、表面構造を有するようにレンズを構成できることを示すことにする。
【0029】
本発明は、基本的には、レンズの前面か後面のいずれか一方もしくは両面に該レンズの光学特性を劣化させないような表面構造を設けるという点にある。 このような表面構造によって、レンズ着用者にとっての快適さが向上することが示された。 この表面構造は、レンズの光学部(光学的な部分)でない部分(非光学部)に形成される場合には、どのような構造や形状をとるものでもよい。 別構成として、表面構造は、光学部も含めたレンズ表面のどの部分にも複数の環状の溝部を備えていてもよい。 これらの溝部は、球面もしくは非球面の断面を有することができる。 以下に、本発明により形成された表面構造を有する幾つかの例を挙げる。
【0030】
本発明によるコンタクトレンズを用いた予備的なインビボ検査によって、このようなレンズに関し、快適さの向上と視覚的な質の向上の確たる証拠が得られた。
【0031】
本発明に係る眼用レンズを作ることが妥当かどうかは、基本的にはこのようなレンズの光学特性から判断されるべきである。 そこで、特定領域内において単純な球面形状からずれた波面を生成するレンズの光学特性についてこれから論じことにする。
【0032】
レンズは、理想的には、入射する球状の波面を別の球状の波面に変換する一つの装置である。 入射する波面は、物点まわりに集中し、出射する波面は、共役な像点まわりに集中している。 物点が無限遠にある場合には、共役な像点はレンズの焦点である。
【0033】
図1は、薄肉レンズの主平面における出射する球状の波面を示す。 軸対称の状態となっているので、球状波面は、2次元でのみ表されている。 すなわち、球状の波面は、子午面内の一つの円によって特徴付けられ、この円の半径が焦点距離ないしレンズのパワーの逆数となっている。 先ず最初に示すのは、球状波面上の2点を結ぶ、所定の制限条件下での関数f(x)で表せる波面の平均的なパワーが、球状波面に係るパワーに略等しいということである。 このステートメント(宣言)を「補助定理1」と呼ぶことにする。
【0034】
図1中、レンズの軸線から距離x離れた位置において上記の特異な波面に注目する。 差異を有したこの特異な波面は、球状波面の頂点後側の略d=1/D(x)となる地点に光を向ける。 ここで、D(x)は、この特異な波面に結び付けられたパワーである。 この特異波面とレンズ軸線上の対応付けられた点とを結ぶ線は、この特異波面の傾きf´(x)に垂直になっている。
この距離dは、容易に算出することができ、その結果は、
【数2】
となる。
対応付けられた特異なパワーD(x)=1/dは従って【数3】
である。
2点P
1 (x 1 ,y 1 )とP 2 (x 2 ,y 2 )の間の波面の平均のパワーD avは、 【数4】
によって与えられる。 ここで、P
1とP 2は球状波面上の点である。 式(2)を式(3)に代入して変形すると、
【数5】
となる。 式(4)の積分は、簡単には解けないが、所定の適当な関数f(x)に対してコンピュータで数値的に計算することができる。
上述の補助定理1は、式(4)の積分が基本的には径路に依存することを意味している。 上記の積分は、関数f(x)の全てのxの値に対して以下の条件、
【数6】
が成り立つ場合には、実際に確かに径路に依存している。 というのも、その場合には式(4)は容易に解くことができて、その平均のパワーは、
【数7】
となるからである。
【0035】
座標x1,f(x1)を有する点P1と、座標x2,f(x2)を有する点P2との間で取り得る径路の一つは、球状波面に対応付けられた円であるから、平均パワーD
avは、球状波面に対応したパワーに概ね等しい。 【0036】
条件(5)は、(絶対)焦点距離D(x)がレンズの寸法に比べて大きいような場合について全て満たされる。 というのも、その場合には、直ぐ分かるようにf´(x)が常に非常に小さい値であるからである。
【0037】
束縛条件(5)は、実際には無難な仮定である。 球関数f
sph (x)上の2点を結ぶ関数f(x)の導関数と、前記球関数f sph (x)の導関数との間の平方差が全区間内で小さい、つまり、 【数8】
となり、ここで、
【数9】
であり、Fが球状波面の焦点距離であることを要求すれば十分であろう。 しかしながら、眼用レンズの通常の状況では、条件(5)が満たされるので、ここでの議論では、この厳しい条件(5)に基づくことにする。 というのも、関連した考察がはるかに論じ易くなるからである。 眼用レンズに関する上述のステートメントを実証するために、直径8mmで、しかもパワーが10ジオプトリ、つまり焦点距離が100mmのレンズを考える。 このとき、導関数f
sph ´(x=4mm)に対する最大値は0.04、自乗した導関数では0.0016である。 この値は、1に比べて非常に小さいと考えることができる。 【0038】
見易くするため、1次関数【数10】
によって2点が結ばれる場合において、球状波面の2点間の平均パワーを算出する。
【0039】
このとき、f´(x)=y´が常に一定となり、式(4)を簡単に積分することができる。 球状波面の2点を直線で結ぶと、これら2点間の球状波面は、円錐状の波面によって置き換えられる。
【0040】
対応付けられるパワーが2ジオプトリ(焦点距離500mm)の球状波面に関して、上述の結果が図2に示されている。 図2の結果に関し、最も内側の点は、x
1 =0及びy 1 =0の座標を有する点である。 球状波面上の第2の点のx座標は、0mmから20mmまでの間の値を想定している。 図2から分かるように、このような2点間の平均パワーは、球状波面に対応する2ジオプトリのパワーに非常に近い。 【0041】
ところで今、上述の結果を一般化し、「補助定理2」を定式化することができる。 すなわち、2点間の波面(この波面は関数f(x)で表される)に対応付けられた平均パワーは、f´(x)
2 ≪1が成り立つ限りにおいて、これらの2点間を通りレンズ軸線上の点を中心とする球状波面のパワーに略等しくなる。 従って、補助定理1と補助定理2とは実際には等価なものである。 【0042】
このことを用いると、任意の形状の波面は、上述の制限が満たされる限り、球状波面によって近似することができる。
【0043】
しかしながら、単一のパワーだけで十分な強度を有する実質的に単焦点のレンズを実現するには、異なる環状ゾーン内の平均パワーが等しいというだけでは不十分である。 例えば、面積が等しい環状ゾーンの場合、つまりフレネル帯(Fresnelian zone)の場合には、r
2空間で周期的なゾーン内パワー・プロフィールによって複焦点の回折レンズが構成されることが示されている(参照により開示内容が本願に包括的に取り込まれている W. Fiala and J. Pingitzer: Analytical approach to diffractive multifocal lenses, Eur. Phys. J. AP 9, 227−234 (2000)を参照)。 レンズの表面輪郭形状からゾーンのパワー・プロフィール(ゾーン・パワー・プロフィール)を計算する場合には、Kosoburdらに対する米国特許第5,760,871号に係る回折型の複焦点レンズにも、似通ったステートメントが適用される。 【0044】
議論を簡単にするために、今、幾何学的なゾーン・プロフィールよりもむしろゾーン・パワー・プロフィール(zone power profile)の考え方に従うことにする。 当業者にとって、どのようにゾーン・パワー・プロフィールを幾何学的なゾーン・プロフィールに変換し、またその逆の変換を行なうかは容易である。 完璧を期すために一言述べておくと、ゾーン・パワー・プロフィールは、前面及び後面の両方に表面構造を有するゾーンによっても得ることができる.
【0045】
レンズ自身の環状ゾーン内にパワー・プロフィールを有するレンズが基本的に唯一のパワーを有する必要がある場合には、他のパワーでの強め合いの干渉が抑えられなければならない。 以下に示されるように、強め合いの干渉の抑制は、様々な方法で行なうことができる。
【0046】
例えば、非フレネル帯(non−Fresnelian zone)を有するレンズを設けることができる。 このとき、個々の独立したゾーン内のパワー・プロフィールは、r
2空間において非周期的となる。 【0047】
他の方法は、フレネル帯を有するレンズを作りはするが、ただしr
2空間内でのパワー・プロフィールが非周期的になるように個々のパワー・プロフィールを設けることである。 【0048】
フレネル帯を有しかつr
2空間内で周期的なパワー・プロフィールを有するレンズを設けることもなお可能である。 このようなレンズは、通常2つないし3つの主要なパワー、0次及び+1次および/または−1次の回折次数のパワーを有している。 パワー・プロフィールを適切に設けることによって、利用できる強度の略100%に近い強度が0次の回折次数に向けられる一方で、他の回折パワーには概ね何らの強度も振り向けられないようにできる。 【0049】
ここで、基本的には単一パワーだけのレンズになるようなゾーン・パワー・プロフィールの例を幾つか挙げることにする。 先ず、有用なゾーン・パワー・プロフィールの一般的な形状を論じる。 図3に示すように、コンタクトレンズ1の後面側に微細表面構造を配置することが望ましい。 個々の独立したゾーン3の後面2の曲率は、角膜4の表面のものよりも大きくなければならない。 通常、レンズ1の材料の屈折率は、後面2と角膜4との間にある涙液5の屈折率よりも大きい。 このことは直ちに、ゾーンの内側部分周辺での焦点距離F
iが、ゾーンの外側部分周辺での焦点距離F oより小さいことを意味する。 通常の前面及び後面のゾーン内におけるレンズの焦点距離をF 1と呼ぶことすると、 【数11】
という条件が支配的となる。
【0050】
パワーは、焦点距離の逆数であるので、このことは、後面上に微細表面構造を有するコンタクトレンズのゾーン・パワー・プロフィールは、平均のパワーよりも大きい差別パワーを増大させるようにして始まり、次にゾーン・パワー・プロフィールが、今考えているゾーン内においてレンズ軸線からの距離が増すにしたがって、パワーが漸次より少なくなるような様相を呈することを意味する。 図4は、このようなゾーン・パワー・プロフィールの基本的な形に関するグラフである。
【0051】
前面上に微細表面構造を有するコンタクトレンズに関しては、ゾーン・パワー・プロフィールに対する一般的な制約がない。 次に分かるように、同じことが後面又は前面のいずれか一方に微細構造を有する眼内レンズのパワー・プロフィールに対しても適用される。
【0052】
好ましい実施形態において、レンズは、環状ゾーンに分割されている。 ゾーンjの外側境界半径をR
jとする。 レンズの全ての(光学的な)部分が環状ゾーンによって覆われる必要がある場合には、つまり、環状ゾーンの間に間隙が設けられない場合には、j番目の内側の環の半径は、R j−1で与えられる。 このとき、ゾーンを以下のようにして設けることができる。 【数12】
ここで、αは指数である。 もしα=1/2であれば、フレネル帯が設けられ、もしα=1であれば、等しい環の幅を有するゾーンが設けられる。 図5は、後面に等しい環の幅のゾーンを有する、すなわちα=1のコンタクトレンズを示す概略図である。 α≠1/2となるいかなる値に対してもゾーンは非フレネル型となり、これが上述したように有利になる場合もある点に留意されたい。
【0053】
最新の計算手段を用いれば、異なる環状のゾーン・パワー・プロフィールを調べて、実用的なレンズの実施形態となり得るような最適なものを選択することは簡単である。 先に論じたように、適したゾーン・パワー・プロフィールを具体的なレンズ構成に変換することは従来技術であって、例えば、上述したW. Fiala及びJ. Pingitzerによる文献に記述されている。
【0054】
第一の例として、環の幅の等しい非フレネル帯に分割されるレンズを設ける。 簡単のために、ここでの議論においては、直径5mmのレンズを考える。 以下の考察は、より大きな直径のレンズに対しても同じように適用されることは明らかであろう。 さらに、上記表面構造が実際には非光学的な外側の環状領域を含むレンズ領域全体にわたって拡がっていてもよいことについて検討する。
【0055】
以後「レンズA」と称することにするレンズは、8個の環状ゾーンに分割されている。 ここで、どのゾーンも0.3125mmの幅の環を有している。 一例として、最も内側のゾーンは、標準的な普通の前面と後面を備えている。 球状波面は、ゾーン2〜8のどの内側においても、円錐形の波面に置き換えられる。 この円錐形の波面は、球状波面上のゾーンの両終端点を直線で結ぶことによって得られるものである。 ゾーン内でこのようなパワー・プロフィールを有するレンズに対し、スルー・フォーカス・レスポンス(TFR:through focus response)(透過焦点応答)を計算した。 その結果が図6に示されている。 図6には、偏心した開口(aperture)でかつ多色光に対するTFRも示されている。 多色光のスペクトルは、矩形とし、450nmから650nmに拡がっているものとした。 図から分かるように、このレンズは、5ジオプトリの規準パワー(nominal power)に略100%の強度を有している。 このパワーは、上述したように、このゾーン・パワー・プロフィールの平均パワーである。 このことは、単色及び多色の強度のいずれに対しても適用され、さらには、同心及び偏心した開口(aperture)に対しても適用される。
【0056】
レンズAに対するゾーン・パワー・プロフィールは、図7に示されている。 互いに隣接するゾーン間の接合部における局所的なパワーの急峻な変化は、理想的な幾何学的ゾーン接合部が滑らかに形成されていないという事実によるものである。 これら幾何学的な接合部は、実際には「鋭く」ならないので、これに対応したゾーン・パワー・プロフィールもこのように急激な変化を持たなくなる。 図7から分かるように、環状ゾーン内の局所的なパワーは、約0.3ジオプトリから2ジオプトリ超える程度まで異なったものになっている。 このようなパワー・プロフィールを有するゾーンは、レンズを読み取り距離に保持すると、裸眼正視によってはっきり見ることができる。
【0057】
レンズAのレンズゾーンの近似的な幾何学形状が図8に示されている。 図示し易いように、図8におけるレンズAの後面が100mmとなるように選択した。 このとき、ゾーン後面の半径は、約17.5mmである。 仮にレンズ後側半径が8mmであるとすると、ゾーンの後面の半径は、約5.5mmであり、従って、溝部内の曲率は、包絡面の曲率とはかなり異なる値が想定される。 これらの値は、レンズ材料が屈折率1.43を持ちかつ涙液の屈折率が1.336である場合に適用される。 8mmの平均半径の表面上に5.5mmの半径を有するゾーンは、レンズが読み取り距離に保持されると、裸眼正視によってはっきり見ることができる。
【0058】
第二の例として、10個の環状ゾーンを有する直径5mmのレンズについて述べる。 このレンズを「レンズB」と呼ぶことにする。 ここでもまた、ゾーンを非フレネル型になるように選ぶことにする。 ただし、レンズAとは異なり、このレンズは、幅の等しい環を持たない。 式(9)における指数αは、0.8となるように選ばれている。 図9に示されるようなパワー・プロフィールを想定した。 このパワー・プロフィールは、ゾーン中心における球状波面と円錐形波面との間の光路長差を2倍にすることによって得られたものである。 図9から分かるように、ゾーン内の局所パワーは、このレンズの実施形態に対しては、0.3ジオプトリから3を超えるジオプトリまでの範囲の分だけレンズパワーと異なっている。 そのため、レンズBの表面構造は、レンズAの場合よりも少なくとも内側のゾーンにおいて深くなっている。 レンズBの第2ゾーンの深さは、1.08ミクロンとされ、最も外側の第10ゾーンは、0.52ミクロンの深さを有している。 この実施形態においても、この種の環状ゾーンは、読み取り距離に保持されると正視ではっきり見ることが出来る。
【0059】
レンズBの規準パワーに全強度の約97%が存在していることに留意されたい。 本発明に係るレンズの結像の質を評価するために、さらに、点広がり関数(PSF:point spread function)および関連する変調伝達関数(MTF:modulation transfer function)を算出した。 図10にその一例が与えられている。 この図は、口径3.5mmの開口を0.5mmだけ偏心させることを想定した場合のレンズBに対するMTFを示している。 このMTFは、多色光の場合(450〜650nmの矩形型の分布)に対して算出したものである。 図10から分かるように、MTFは、理想的な単焦点レンズのものとなっている。
【0060】
レンズA及びレンズBの上述の2つの例において、環状ゾーンは、非フレネル型とされていた。 つまり、r
2空間における周期性がゾーン・パワー・プロフィールに対して当てはまらなかった。 【0061】
以下に、フレネル帯を有する2つのレンズについて論じる。 ゾーン内の波面を設計し計算する方法はたくさんある。 一例として、各ゾーンを2つのサブゾーン(sub−zone)に分割し、これらのサブゾーンに所定のパワーを割り当てることができる。 このとき、サブゾーンの後側半径および前側半径は、任意の与えられたレンズ材料の屈折率に対して当該サブゾーンのパワーの関数として決定される。 サブゾーン内のパワーは、最新の計算手段を用いて試行錯誤によって選択することができる。
【0062】
さらに他の例として、5.138mmの口径上に12個のフレネル帯を有するレンズについて考える。 ゾーン内のパワー・プロフィールがr
2空間で周期的である場合には、このレンズは、隣接するパワー同志の間に2ジオプトリの差を有する一つの回折レンズを意味することになろう。 より高次のいかなる回折パワーをも抑えるために、どのゾーンも2つのサブゾーンずつに分割し、これらサブゾーンの割合を各ゾーン内で変えることにする。 すなわち、第1ゾーンは、全ゾーン面積の95%を占める第1の環状サブゾーンと、ゾーン面積の残りの5%を占める第2の環状サブゾーンとに分割される。 第12ゾーンは、ゾーン面積の60%を占めるサブゾーンと他の40%を占めるサブゾーンとに分割される。 これらのゾーンの間に介在するゾーンの中の2つのサブゾーン間の割り当ては、線形に内挿されるものとする。 こうすれば、ゾーン・パワー・プロフィールは、r 2空間内において周期的とならない。 【0063】
今、レンズが、−3ジオプトリのパワーを有するものと考えよう。 第1の個々のサブゾーン内の実用的なパワーの一例が表1において以下のように与えられている。
【表1】
【0064】
表1によれば、第1の環状サブゾーンは、0mmから0.72284mmまで延在して、−2.778ジオプトリのパワーを有し、次の環状サブゾーンは、0.72284mmから0.74161mmまで延在して、−7.213ジオプトリを有し、等々となる。 2つの隣接するサブゾーンは、一つのゾーンを構成する。 確かめられるように、どのゾーンの平均パワーも−3ジオプトリに等しい。 表1から分かるように、大きな方のサブゾーンは、結果的に全体で得られるレンズパワーと絶対値0.222ジオプトリだけ異なるパワーを有し、小さな方のサブゾーンは、結果的に得られる規準レンズパワーと絶対値が1ジオプトリを超えるほど異なるパワーを有している。 このパワー差を有するゾーンは、読み取り距離に保持されると裸眼正視ではっきり見ることが出来る。
【0065】
レンズCと呼ばれるこのレンズに対する2つのTFRが図11に示されている。 図11から分かるように、実際には全ての光の強度が−3ジオプトリのパワーの焦点に振り向けられる。 ゾーンがフレネル帯であるという理由で、TFRが単色光に対して計算される場合には、回折による側方ピークに僅かな強度が見られる。 多色光においては、これらの側方ピークは見られないであろう。
【0066】
レンズCは、本発明によるいずれのレンズとも同様、後面ないし前面のいずれか一方に微細表面構造を有することができる。 表2aには、後面に微細構造を有したレンズに関するパラメータが与えられている。 表1のように最初の5個のゾーンだけが示されている。 当該レンズの包絡する後側半径を8.0mmとなるように取り、レンズ材料の屈折率が1.42であるものとし、さらに、涙液の屈折率が1.336であるものとする。
【表2a】
【0067】
表2a中の値は、次のように理解されるべきものである。 座標がそれぞれ(X1,Y1)及び(X2,Y2)である2点が半径R12によってつながれ、R12の中心座標がXQ12およびYQ12によって与えられる。 レンズ軸線がこの表中の値に対するX軸である。 全ての値はmmの単位で与えられている。 表2a中の値から分かるように、いずれかのゾーン内における半径同志の差は、約2.4mmから0.84mmにわたる。 環状ゾーン内のこのような半径の差は、特に反射光が試験段階で使われる場合には、レンズが読み取り距離に保持される際に正常な眼で容易に見ることが出来る。 従って、このレンズは、ヨーロッパ規格EN ISO 9341に準拠したクラス3のレンズ誤差(lens error)を有するものと考えられよう。 しかしながら、このとき、本発明によれば、一つもしくは複数のレンズ表面上の微細表面構造の流体力学によって与えられる一層快適なレンズの着け心地という予期せぬ結果が与えられる。
【0068】
レンズは、半径0.3mmのダイアモンド針を用いてレースカッティングされるものとする。 表2aから分かるように、しかるべき針補正(needle correction)がパラメータ中に含まれている。 R12と表示された表2a中のコラムの値から分かるように、後面は溝部を有し、その際、局所的な曲率は包絡面の曲率とは概ね異なっている。 包絡面の曲率が1/8.0=0.125mm
−1であるのに対して、溝部内の曲率は、最高で1/0.3=3.33mm −1の値となる。 【0069】
レンズCの他の実施形態は、レンズ前面に微細構造を有するレンズである。 表2bは、このようなレンズに関するパラメータを示す。 ここでもまた、後側の半径は、8mmであるとし、レンズ材料の屈折率が1.42であるものとする。 このレンズの中心厚みは、0.15mmであるとし、後面の頂点は、X−Y座標系の中心に位置するものとする。
【表2b】
【0070】
表2bのパラメータは、表2aのものと同じように読み解くべきものである。 すなわち、同様のダイアモンド針補正が表2b中に入っている。 表2aと表2bとを相互に比較すると、前面上の微細構造は、後面上の微細構造よりもはるかに浅くなっていることが分かる。 これは、後側の微細表面構造が、前側の微細構造(屈折率1を有する空気)に比べて、より高い屈折率の隣接媒体(屈折率1.336を有する涙液)に対して算定されなければならないという理由による。 前面の構造は、裸眼では見分けることが難しいが、6倍率の顕微鏡を使えば見えるようになる。 表面構造の視認性(visibility)は、それゆえ、ヨーロッパ規格EN ISO 9341に準拠するクラス2のレンズ誤差に対応することになろう。 ここでもまた、表面構造による予想外の効果によって、着用者にとっての快適さが向上する。
【0071】
従って、表2bの値から明らかであるのは、溝部内の曲率の値が、半径8.0mmの包絡面の曲率とはかなり異なっているという点である。 レンズ前面上の微細表面構造によって、まばたきすることで優れた潤滑性が得られ、この結果、レンズ着用者にとっての快適さがさらに増す。
【0072】
フレネル帯、及びこれらのゾーン内においてr
2空間での周期的なパワー・プロフィールを有するレンズを論じることにする。 このようなレンズは、故意に複数のパワーを有する回折レンズとされている。 けれども、光が略0次の回折パワー、つまりこのようなレンズの屈折パワーにだけ振り向けられるようにすることができる。 例を用いて、略全ての光が−3ジオプトリのパワーの焦点へと振り向けられるレンズを考察する。 本実施形態においても、12個のフレネル帯で覆われた直径5.138mmのレンズを想定する。 このレンズをレンズDと呼ぶことにする。 【0073】
表3は、表1のデータと同様、レンズDの最初の5個のゾーンのパワー・プロフィールを示している。
【表3】
【0074】
表3から明らかなように、ゾーンのパワー・プロフィールは、r
2空間内で周期的なものとされている。 この条件は、回折型複焦点レンズに適用されるものである。 しかしながら、この特定のパワー・プロフィールを選択することで、図12に図示された結果から分かるように、このレンズは、基本的には単焦点レンズとされる。 また、図12から明らかなのは、TFRを単色光に対して計算すると、レンズが僅かな回折による側方ピークを有し、この側方ピークが多色光においては、殆ど姿を消すという事実である。 内部においてパワーが−2.737から−5.3664まで変化する環状ゾーンを有するレンズは、読み取り距離に保持されるとゾーン化されたレンズとしてはっきり肉眼で識別される。 ここで、再度留意すべきなのは、ゾーンないし溝部内のパワーは、結果的に全体で得られるレンズの規準パワーとはかなり違うものだという点である。 【0075】
本実施形態においても、このようなレンズは、前面構造ないし後面構造、あるいは両面の構造を有するように形成することができる。 後面構造を有するレンズのパラメータが、表2aと同様、最初の5個のゾーンに対して表3aに示されている。
【表3a】
【0076】
このレンズの後側の包絡半径は、上述のように、再び8mm、レンズの屈折率は1.42である。 表3aの値から分かるように、このレンズの後面は、図13に概略的に示されているように、セント貨といった小銭のような様相を呈している。 それでもなお、このレンズは、略単焦点レンズのように機能する。
【0077】
与えられたこの例によって、レンズの光学特性を何ら犠牲にすることなく、適切に設けられた表面構造を眼用レンズが持つことができることが実際に示される。 本発明による表面構造は、ハードレンズ又はソフトレンズに対して与えることができるばかりではなく、単焦点のレンズ又は複焦点のレンズにも与えることができる。 特殊な状況が生じるのは、回折型の複焦点レンズの場合で、このレンズは、既に表面構造を有しており、それも通常はレンズ後面に存在するような構造を有している。 回折表面の反対側に何らかの上述の微細表面構造を有する回折レンズは、本発明の範疇に入る。
【0078】
一般に、回折型の構成や、あるいは例えば屈折型といった他の任意の構成といったいずれかの構成とされた複焦点レンズは、何らかの表面構造を有する一方の表面と、反対側の滑らかなレンズ表面とを有している。 パワー・プロフィールの考え方に基づけば、上述したように、表面パワーは、複焦点レンズの通常の滑らかな表面に対する(n−1)/Rによって表すことができると考えられる。 なお、nはレンズ屈折率、Rは滑らかな表面の半径である。 この表面パワーは、通常のレンズでは一定である。 したがって、本発明による表面構造は、環状の表面ゾーン内の表面パワーが、これらの環状のゾーンの平均的な表面パワーとは本質的に異なっているという点に特徴を有している。 このとき、任意の環状ゾーンに対応付けられた波面は、それぞれ、平均的な表面パワーに対応する波面とは異なり、図1ならびに式1,2,4,5,5´と6において示されているような関数f(x)によって特徴付けられる。
【0079】
本明細書では、ほんの2,3の異なるパワーのレンズだけが論じられたが、表面構造に関する一般的な考え方は、他の任意のパワーのレンズに対しても当てはまる。 このことは、結果的に得られるレンズパワーが、一方のレンズ表面の曲率を変えることによって故意に変更できるという事実を考えれば分かる。 例として、5ジオプトリのレンズのために設けられた例えば8mmの後側半径を有する本発明による構造化された後面は、例えば−6ジオプトリのパワーを有する後側半径8mmのレンズに対しても同じように用いることができる。
【0080】
本明細書においてコンタクトレンズの幾つかの例が挙げられたが、本発明はまた、眼内レンズも含んでいる。 当業者であれば、上で議論した原理を眼内レンズならびに眼用レンズ一般に対して広く応用することは容易に分かる。 潤滑の意味合いは、眼内レンズの場合にはどうでもよくなるが、微細表面構造を有するレンズの潜在的な優れた対物光学特性によって、移植される眼用レンズの場合においてさえ、こういった構造が推奨される場合がある。
【0081】
本発明によるレンズを無研磨ダイアモンド旋盤(polish free diamond lathe)(EPT Optomatic)により作製し、インビボテストを行なった。 ソフト及びハードのコンタクトレンズの両方を検査し、同じレンズ材料から同じ旋盤により作製した通常の単焦点レンズと比較した。 本発明によるレンズの視覚特性は、通常の単焦点の構成を用いた視覚特性と同じか又は優れたものであった。 何人かの被験者は、本発明によるレンズを着用して、このレンズの優れた快適さについて報告している。 主観的なレンズの優れた快適さが、本発明によるレンズを用いた場合の主観的な視覚特性の向上につながっているように思われる。
【0082】
切削されたレンズや、あるいは切削された型から製造されたレンズの場合には、レンズ(あるいは型)がゼロでない送り速度(non−zero feed rate)で一貫して切削されると、環状ゾーンの半径が微量ながら変化することについて一言述べておく。 0°から360°の角度位置で測定された環の半径の変動は、それぞれf/Uによって与えられる。 ここで、fは送り速度、Uは切削の回転速度である。 例を挙げれば、送り速度が4mm/minであり、回転速度が4000回転/minである場合には、ゾーンの環の半径は、1ミクロン程変化する。 これらのf及びUに対する値は典型的な値である。 以下に述べるように、環の半径におけるこのような変動は、極めて小さいものである。 従って、ゼロでない送り速度によって旋盤により作製された実質的な環の半径は、本発明に準拠する「環」の半径であると考えるべきものである。
【0083】
本発明により形成される多くのレンズを設計し、解析した。 これらの解析において、レンズは、環状の溝部を前面か後面のいずれか一方もしくは両面に有するものとして考えた。 様々な幾何学的な形状ならびに深さを有した溝部、そして式(9)に従う様々な幅の溝部を解析した。 とりわけ、図14a及び図14bに示すような、円形の断面を有する溝部が刻まれているレンズを詳しく調べた。 図14aには、前面に円形の断面の溝部を有する一つのレンズが概略的に示されている。 数値tは、溝部を持たない普通のレンズの前面S
Fに対する溝の最大深さ、dは溝部の幅、そしてR Gは円形の断面の溝部の半径である。 図14bの場合、溝部は、レンズの後面上に存在している。 S Bは、溝部を持たない通常のレンズの後面である。 【0084】
これらの解析から、幾つかの準経験的な関係を導くことができた。
1. レンズの規準パワーで最終的に得られる強度Pは、tが滑らかな参照面(S
FもしくはS B )と溝部の表面との間の最大差であるとすると、概ね溝部の深さtにのみ依存する。 いつものように、滑らかな参照面は、溝部表面構造の包絡面である。 規準パワーは、滑らかな前面S F及び滑らかな後面S Bを有する比較対象のレンズのパワーである。 滑らかな前面および後面は、標準的な従来技術の手法によって規定される。 上記滑らかな表面は、従来技術のレンズ設計の方法から既に周知とされているように、半径と非球面の離心率に関する値とによって特徴付けられるような非球面とされていてもよい。 2. 溝部が設けられた表面を有するレンズの最終的に得られる強度Pは、溝部の幅dに概ね依存する。
3. 滑らかな後面と、前面上の表面微細構造とを有するレンズの最終的に得られる強度をP
Fと呼び、さらに同様にして、滑らかな前面と、後面上の表面微細構造とを有するレンズの強度をP Bと呼ぶことにすると、前面及び後面の両方にそれぞれ微細構造を有するレンズの強度P Lは、基本的には次のように与えられる: 【数13】
より具体的に、上記の第1の準経験的な関係を参照すると、規準レンズパワーにおけるピーク強度の変動ΔP(単位は%)と、レンズの一方の表面上の溝部の最大の幾何学的深さtとは、基本的には次の式によって相互に関係付けられているということが判明した。
【数14】
ここで、Cは定数である。 式(11)は、基本的には、可視光の波長スペクトルの平均である光の波長に対して適用される。
【0085】
以上の考察により、レンズは、前面または後面のいずれか一方もしくは両面に多くの環状の溝部有するように設けることができる。 一例として、屈折率1.42のヒドロゲルから形成されるソフトタイプの二重焦点レンズを考える。 レンズ直径は14mmであると仮定する。 レンズは、前面と後面の両面に環状の溝部を有するものとし、溝部の円形断面の半径は、前面および後面の溝部のいずれに対しても0.5mmとする。 溝部の幅は、この実施例においては一定ではないものとする。 前面の溝部の幅に対しては指数α=0.95を選択し(上記の式9を参照)、後面の溝部に対しては、指数α=1.05を選択する。 これらのパラメータを用いると、レンズは、前面に305個の環状の溝部を有することになる。 最も内側の溝部は幅0.0306mmでしかもt=0.12ミクロンの深さとなり、最も外側の溝部は幅0.0219mmでしかも同じく0.12ミクロンの深さとなる。 後面は、106個の溝部を有することになる。 最も内側の溝部は幅0.0528mmでしかも0.7ミクロンの深さとなり、最も外側の溝部は幅0.07mmでしかもやはり0.7ミクロンの深さとなる。
【0086】
図示するために、本実施例の溝部には、軍規格(MIL規格)MIL−0−13830A(www.torusoptics.com/optical_specifications.com 参照)に準拠した少なくとも#20のスクラッチ(scratch)が設けられている。 この実施例において、これらの溝部ないしスクラッチは、レンズの全面に存在している、つまり、局所的なレンズ欠陥とみなされないであろう。 また、本実施例の溝部は、λ/14を超えるような波面収差を生じさせることになろう。 λ/14という値は、局所的な表面の不完全さに起因する許容可能な最大の波面収差である。 以下に説明するように、深さtの溝部によって生成される波面収差は、t(n
L −n i )によって与えられる。 ここで、n Lは表面材料(すなわちレンズ)の屈折率、そしてn iは溝部内の媒体の屈折率である。 従って、本発明の表面構造が、高速旋盤によって形成された表面欠陥に比べて(深さ、幅もしくはこれらの両方の大きさにおいて)大きいものであるということは当業者には分かるであろう。 違う言い方をすれば、本発明の表面構造は、環状溝部の形態とすることができ、このとき、この溝部の深さは、この表面構造が形成される表面における滑らかな曲線を含む包絡面から測ってtとなる。 値t(n L −n i )は、λ/14よりも大きくなければならない。 ここでλは光の波長、n Lはレンズの屈折率、そしてn iは例えば涙液といった溝部内の媒体の屈折率である。 【0087】
このような仕様によるレンズを、高精度無研磨ダイアモンド旋盤上でレースカッティングし、数人の被験者に試着してもらった。
レンズの着け心地は、基本的な構成が全く同じだが溝部つまりレンズ表面上の表面構造が無いレンズと比べて明らかに優れていると断言された。 主観的な視覚特性も、標準的な従来技術のレンズに比べて優れていると断言された。 構造が設けられた表面を有するレンズの着け心地が向上したために、主観的な光学的な結果が影響を受けたかもしれないという点についてははっきりしていない。
【0088】
図15a及び図15bに概略的に示されているように、溝部が略V字型とされている場合、構造が設けられた表面を有するレンズの光学的特性に対して同じように考えが当てはまることが分かるであろう。 図15aにおいては、V字形の溝部は、本発明によるレンズの前面上にあり、図15bにおいては、溝部は後面上にある。 t、d、及びR
Gの値は、ここでもまた、それぞれ溝部の深さ、溝部の幅、そして円形の断面の半径である。 先に指摘したように、レンズの規準パワーのうち利用可能な強度に対する決定的な要因は、溝部の深さtである。 溝部の断面の形状は、決定的な要因ではない。 この考え方は、モールディングないしスピンキャスティングによって作製されるレンズに対して重要である。 【0089】
眼内レンズは、モールディングされるか、スピンキャスティングされるか、あるいはレースカッティング(切削)される。 初期のレースカットには、必要な光学的な潤滑性を実現するために、続けてレンズ表面の研磨が必要であった。 研磨された眼用レンズの表面粗さは、25ナノメータ(nm)程度であるが、これについては、例えば:EPT : Vision in precision, Optomatic − An innovative approach to lens production, NL−7602 KL Almelo, The Netherlands を参照されたい。 EPT Optomatic のような無研磨サブミクロン切削(polish free sub−micron lathe)により、約9〜15nmの粗さの表面が作製される(EPTローカルサイト参照)。 斯かる無研磨レースカッティングに用いられる典型的な送り速度は、4000回転/minと4mm/minで棒材を横切る動きとである。 これらの値を用いると、約1ミクロンの幅の切削溝部がレースカットされた表面に形成される。 このような切削溝部の断面は、円形であり、この円形の断面の半径は、レースカッティングのダイアモンド工具の半径に対応する。 無研磨サブミクロン切削法によるレースカッティングで性状が与えられるような表面では、表面粗さは得られず、そのため所望のレンズの着け心地も得られない。 このように、本発明の表面構造によれば、角膜表面およびレンズ表面間の潤滑剤のための一層広い表面積が得られる。
【0090】
レンズのモールディングやスピンキャスティングに用いられる原型(master mold)は、通常はやはり無研磨サブミクロン切削法でレースカッティングされる。 通常この原型は、金属から形成され、しかも金属は、コンタクトレンズ用ポリマーより一層高い仕上がり度で研磨することができるので、このようなモールドは、レースカッティングから得られる表面よりももっと滑らかな表面を実現するために研磨されることがある。 いずれにせよ、モールディングもしくはスピンキャスティングにより形成されたレンズは、無研磨サブミクロン切削によりレースカッティングされたレンズの表面仕上げよりも優れた仕上げ表面かもしくは比肩し得る表面仕上げを有しており、このため、本発明により検討された所望の表面構造を提供するものではない。
【0091】
式(11)を見て分かることは、本発明による構造化された表面を有するレンズが、「光学的に滑らかでない」とみなされる可能性のある表面や、あるいはヨーロッパ規格EN ISO 9341によるレンズ誤差のある表面を、一つないし複数有することになるという点である。 このため、何も知らない消費者にとっては、このようなレンズは、普通のレンズに比べて受け入れにくいものであるかもしれない。
【0092】
レンズが受け入れられないようになる可能性を回避することが望まれる場合には、レンズ、とりわけコンタクトレンズの光学的な中心部分を従来のレンズのように滑らかに形成する一方で、レンズの残りの表面が本発明による表面構造を有するようにしてもよい。 コンタクトレンズの光学的な中心部分は、瞳の大きさに対応している。 ここで、ソフトコンタクトレンズの光学的に相当する中心部分は、典型的には6〜8mmの直径を有しており、その一方で、レンズは、典型的には14mmを超える直径を有している。 従って、レンズが近似的に球面形状を有していることを考慮に入れれば、レンズの非光学的な表面は、光学的な表面よりも3倍から6倍の間の因子だけ大きい。 ハードコンタクトレンズの場合には、このファクターは幾分もっと小さくなるだろう。 いずれにせよ、レンズの非光学的な表面は、一般に全レンズ表面の少なくとも40%である。
【0093】
以上の考察から、本発明により表面構造を持ったレンズ表面の向上した着け心地と、標準的な従来技術のレンズの周知で良く確立された光学特性とを組み合わせることができると結論付けられる。
【0094】
以上の考察は、非光学的表面の一方もしくは双方に環状の溝部を有するレンズのいずれにも適用される。 以下に示されるように、レンズの非光学部内の表面構造の模様や図柄には、いかなる光学的な制限も一切ない。 先に論じてきたようにレンズのモールディングやスピンキャスティングに用いられる雄型ないし雌型のモールドは、それに応じて形成することができる。
【0095】
図16及び図17は、レンズの光学的な中心部分が滑らかな前面と後面をそれぞれ有している一方で、レンズの非光学的な部分だけが表面構造を有しているレンズを概略的に示す。 このようなレンズの光学的な中心部分は、2焦点もしくは複焦点のレンズとして形成することができ、例えば、屈折型ないし回折型の2焦点光学系を有することができる。
【0096】
光学的な考察は、コンタクトレンズの非光学部については重要ではないので、コンタクトレンズの非光学部上の表面構造は、いかなる構造や形状も有することができる。 一例が図17に与えられている。 そのため、本発明によるレンズは、当該レンズの普通の中心光学部が、任意の種類の表面構造や凸凹を有する非光学部に囲まれているという点に特徴がある。 この表面の不規則性は、前面もしくは後面のいずれか一方の非光学部に存在していてもよいし、あるいは、レンズの前面及び後面の両方の非光学部に存在していても構わない。
【0097】
本明細書中、本発明の具体的な実施形態について図面を参照して説明してきたが、本発明が上記の実施形態そのものに厳密に制限されることはなく、当業者であれば、本発明の主旨を逸脱することなく様々な他の変更及び修正を遂行できることは明らかであろう。
【図面の簡単な説明】
【図1】波面の一部が非球面関数によって近似されるレンズ主平面での薄肉レンズの球状波面を示す図である。
【図2】円錐形の波面の平均パワーをこの波面の直径との関係において示す図である。
【図3】コンタクトレンズの後面上の表面構造に関する局所的なパワーを示す図である。
【図4】コンタクトレンズの後面に表面構造を有するレンズに関して、ゾーンのパワープロフィールの主な形を示す図である。
【図5】後面上に表面構造を有するコンタクトレンズの形状を概略的に示す図である。
【図6】コンタクトレンズの後面において、等しい幅の環状ゾーン内に表面構造を有するレンズのスルー・フォーカス・レスポンス(TFR)を示す図である。
【図7】外側表面の一つに表面構造を備えた、等しい幅の環状ゾーンを有するレンズのゾーン・パワープロフィールを示す図である。
【図8】円錐状の波面を生成する、レンズの環状ゾーンの後面の形状を示す図である。
【図9】非フレネル型のゾーンに分割されたレンズのゾーン・パワープロフィールを示す図である。
【図10】非フレネル帯を有する本発明に係るレンズの変調伝達関数(modulation transfer function:MTF)を示す図である。
【図11】面積の等しい環状ゾーンすなわちフレネル帯へと分割されている本発明の他のレンズのTFRを示す図である。
【図12】レンズがフレネル型の環状ゾーン(Fresnelian annular zone)に分割され、該ゾーンがr
2空間で周期的なパワー・プロフィールを有する本発明によるさらに他のレンズのTFRを示す図である。 【図13】レンズ後面上に微細構造を有する本発明によるコンタクトレンズの内側部分を示す図である。
【図14A】レンズが前面に溝部を備えかつ該溝部の断面が円形とされている本発明によるレンズの前面を示す図である。
【図14B】レンズが後面に溝部を備えかつ該溝部の断面が円形とされている本発明によるレンズの後面を示す図である。
【図15A】本発明に係るレンズの前面上における他のタイプの溝部を示す図である。
【図15B】本発明に係るレンズの後面上における他のタイプの溝部を示す図である。
【図16】レンズ表面の光学部が滑らかで、該レンズの非光学部が溝部を備えている本発明に係るレンズの断面図である。
【図17】レンズ表面の光学部が滑らかで、レンズの非光学部に表面構造が設けられている本発明に係るレンズの他の実施形態を正面から見た図である。
【符号の説明】
S
F・・・前面(前側表面) S
B・・・後面(後側表面) R
G・・・円形の断面の溝部の半径 |