本発明は、医療機器として、検査・処理装置等として用いられるガイドワイヤー、カテーテル、ステントや、歯科用器材として、歯列矯正ワイヤー、インプラント等に適用される生体材料の防食方法に関する。
近年、Ni−Ti合金に代表される形状記憶合金の機能を利用した医療器材への応用が注目されている。 このNi−Ti合金の医療での用途範囲は、ガイドワイヤー、カテーテルやステントへと広がりつつある。 また、歯科用器材として、インプラント用途が注目されている。 上記した金属をはじめとして、歯科用を含む医療用器材に用いられる金属は、生体内に挿入、或いは、装着されるために、必然的に防食性と生体適合性が求められる。 前記防食性を基材に付与する方法として、非特許文献1には、Ni−Ti合金基材にTiを溶射し、Ti溶射層を高分子材料で被覆する防食方法が開示されている。 この文献には、Tiをプラズマ溶射しただけでは、Ti粒界を通じて生理食塩水により基材であるNi−Tiが孔食を起こすため、四塩化炭素、或いは、アセトンなどの溶剤にシリコン樹脂、二液型のエポキシ樹脂、シアノアクリル樹脂を溶かしたものや、ポリアミド系樹脂を溶融させたものをTi粒界へ含浸させ封入することが開示されている。 しかしながら、開示されるものでは、防食性と生体親和性の両者を満足しておらず、孔食に関しては、特にNiの溶出が問題であった。 また、防食を目的としたものとして、特許文献1には、Ni−Ti基材にTiを溶射し、その上層を高分子樹脂で被覆することが開示されている。 しかしながら、特許文献1に開示されるような含浸という湿式での従来の高分子樹脂の被覆方法では、溶剤などの生体に対して毒性を有する材料の基材(Ti溶射された)への残留を防ぐことが困難であった。 J.technology and Education,Vol.11,No.1,pp.1-8,2004
特開2003−193216号公報
本発明は、前記従来技術の問題点を解消し、生体材料用途へのNi−Ti合金の適用を実用化するために、生体親和性を兼ね備える防食方法を見出すことを課題とする。
本発明者等は前記課題を解決するべく鋭意検討の結果、例えば、金属基材の表面に防食用に形成された金属溶射層の表面に細孔部等が形成されているような場合であっても、蒸着重合によって前記細孔部の奥部表面にもポリイミド被膜が形成され、この形成されたポリイミド被膜が防食性と生体親和性を兼ね備えることを知見した。 本発明はかかる知見に基づきなされたもので、本発明の防食方法は、請求項1記載の通り、生体材料に用いられる金属基材の防食方法において、前記金属基材に蒸着重合によりポリイミド被膜を形成することを特徴とする。 また、請求項2記載の防食方法は、請求項1記載の防食方法において、前記金属基材の表面に金属溶射層を形成した後、蒸着重合によりポリイミド被膜を形成することを特徴とする。 また、請求項3記載の防食方法は、請求項1又は2記載の防食方法において、前記金属基材が形状記憶合金であることを特徴とする。 また、請求項4記載の防食方法は、請求項2又は3に記載の防食方法において、前記金属溶射層がTiであることを特徴とする。 また、本発明の生体材料は、請求項5記載の通り、請求項1乃至4のいずれかに記載の防食方法により作製されたことを特徴とする。
本発明によれば、生体材料用途として活用されるNi−Ti形状記憶合金等に対して、蒸着重合によってポリイミド被膜を形成することで、このような金属基材に生体内における防食性を付与するとともに、生体親和性を兼ね備えさせることを可能とする。
本発明の防食方法は、生体材料に用いられる金属基材の防食方法において、前記金属基材に蒸着重合によってポリイミド被膜を形成するようにしたものであり、例えば、真空槽等の処理室内に、金属基材を所定の温度に加熱した状態で、原料モノマーガスを導入し、金属基材の全表面にて重合反応を生じさせて、ポリイミド被膜を形成するものである。 前記金属基材としては、Ni−Ti形状記憶合金をはじめ、Ni−Ti系に数%以下のCr、Fe、V、Co等を添加した形状記憶合金、Ni−Ti−Nb系、Cu−Zn−Al系やFe−Mn−Si系の形状記憶合金等が挙げられる。 尚、前記金属基材は、形状記憶合金に限定されるものではなく、ステンレス、アルミニウムやアルミニウム合金、鉄や銅、金や銀等の貴金属でもよい。 また、前記蒸着重合によるポリイミド被膜は、金属基材の表面に直接形成するようにしてもよいが、金属基材の表面に防食用に形成された金属溶射層に形成するようにしてもよい。 このように、金属溶射層を形成する場合は、細孔が形成されるが、細孔部の奥部表面においても蒸着重合によりポリイミド被覆が形成されるため、最表面層が摩耗しても基材に連通する細孔部表面は良好な状態が保持されたままであるため、特に優れた、防食性と生体適合性とを実現することができる。 前記ポリイミド被膜の蒸着重合については、原料モノマー、蒸着条件など、従来のポリイミドの蒸着重合と特に変わるところはなく、原料モノマーとして、例えば、無水ピロメリト酸(PMDA)と、4,4'−オキシジアニリン(ODA)の組み合わせ、或いは、PMDAと3,5'−ジアミノ安息香酸(DBA)の組み合わせ等、特に限定されるものではない。 また、形成されるポリイミド被膜の厚みは、1μm以上の範囲で適用可能である。 これは、1μm未満であると、防食性能が不足することによる。 尚、産業用途上は、コスト面を考慮して1〜10μmの範囲とすることが好ましい。 また、Ti溶射層を形成する場合は、Ti溶射層の厚みは1〜300μmの範囲で適用可能である。 これは、1μm未満であると、防食性能が不足し、300μmを越えると、逆に基材の腐食を助長してしまうことによる。
次に、本発明の一実施例について説明する。 図1は、本実施例において使用する蒸着重合装置を示すもので、図中1で示される蒸着重合装置は、真空排気系2に連通される処理室3内に、防食処理を施す金属基材10を保持治具4で保持するとともに、外周にヒーター5を配設して所定温度に加熱自在とした2個の加熱容器6のモノマー導入口7を前記処理室3に連通させ、一方の加熱容器6に無水ピロメリト酸(PMDA)、他方の加熱容器6に4,4'−オキシジアニリン(ODA)を収容し、処理室3内に無水ピロメリト酸(PMDA)蒸気ガスと、4,4'−オキシジアニリン(ODA)蒸気ガスを導入するようにして、これら蒸気ガスを前記金属基材10の表面で反応させてポリイミド被膜を形成できるように構成したものである。 次に、前記蒸着重合装置1を用いた防食方法の一例につき、その詳細を説明する。 防食処理の被処理物として、Ni含有量が50at. %のNi−Ti合金からなる直径3mm、長さ50mmの棒状体の一端を円錐形とした金属基材10を用いた。 この金属基材10の表面をブラスト処理した後に、粒径が5〜20μmのTi粒子をプラズマ溶射して厚み120μmのTi溶射層を形成した。 尚、前記ブラスト処理は、金属基材10とTi溶射層の密着性向上を目的として行ったものである。 次に、Ti溶射層を形成された金属基材10を処理室3内に保持治具4で保持し、処理室3内を1×10 -2 Pa以下まで真空排気後、図略のヒーターで金属基材10を加熱して温度200℃とし、ヒーター5で210℃に加熱した加熱容器6から無水ピロメリト酸(PMDA)蒸気ガスを、また、ヒーター5で190℃に加熱した加熱容器6から4,4'−オキシジアニリン(ODA)蒸気ガスをモノマー導入口7,7を介して導入し、成膜圧力を10Paとして、12分間、蒸着重合反応を金属基材10の表面にて生じさせ、厚さ2μmのポリイミド被膜をTi溶射層上に形成した。 その後、300℃にて加熱してイミド安定化を行った。 作製した試料の断面を電子顕微鏡で観察したところ、Ti溶射層表面のTi粒界において、Ti粒子表面がポリイミド被膜で被覆されていることを確認した。 尚、上記実施例において成膜圧力を10Paとしたが、ポリイミド被覆形成の成膜圧力は、1〜100Paの範囲で行うことができる。 次に、上記実施例の試料の防食評価をするために、生理食塩水中における電位スイープ法による分極試験を行った。 分極は、浸漬電位より0.35V卑な電位から先ずアノード方向へ行い、電流が上昇して3桁程に達したところで分極方向を反転させて、電流がゼロとなる電位(不動態化電位)まで分極した。 電位スイープ速度は2.1mV/sec. とした。 対極はPt、照合極にはAg−AgClを用いた。 液温は40℃に保ち、純窒素ガスで脱気した。 この分極試験の結果を図2に示す。 図中白丸で示すのは、電位スイープの往路であり、黒丸は電位スイープの復路である。 図2から、ポリイミド被膜を形成した実施例では、分極反転によるヒステリシスが見られず、Ni溶出を意味する基材の孔食が防止されていることが分かる。 (比較例1) また、実施例と比較するために、実施例と同様なTi溶射層のみを形成したサンプルを作製し、同様にして分極試験を行った結果を図2に示した。 図中白三角は、電位スイープの往路であり、黒三角は、電位スイープの復路である。 図2において、比較例1は、分極反転によるヒステリシスが生じていることが分かり、基材の孔食があったことが分かる。 次に、試料の生体親和性を確認するために、河川土壌に生息する繊毛虫を用いた毒性評価試験(須藤隆一「環境微生物実験法」講談社p86)を行った。 使用した培地は、Cereal Leaves(Sigma)培地で、0.2%のCereal Leavesを5分間沸騰させた濾液である。 50mlの三角フラスコに試料を入れ、30mlの培地に浸した。 その中に繊毛虫を入れ、25℃の空気中で培養した。 一定時間間隔で毎回マイクロピペットにより10μl量サンプリングし、スライドグラスに載せて顕微鏡で死滅していない繊毛虫の数をカウントした。 実施例との比較を行うために、以下の比較例2及び3を作製した。 (比較例2) 実施例にて使用の金属基材に、実施例と同様なTi溶射層を形成し、湿式法にて厚さ2μmのポリイミド被膜を形成した。 より具体的には、溶剤を用いないホットメルト接着剤タイプのポリイミド樹脂を加熱して溶融させ金属基材を5分以上含浸させた後、金属基材を引き上げてポリイミド樹脂を固化させた。 (比較例3) 実施例にて使用の金属基材に、実施例と同様なTi溶射層を形成し、湿式法にて厚さ2μmのエポキシ被膜を形成した。 より具体的には、溶剤で希釈した二液型エポキシ樹脂に金属基材を5分以上含浸させた後、金属基材を引き上げてエポキシ樹脂を加熱固化させた。 上記実施例、比較例2及び3の試験結果を図3に示す。 図3において、“イニシャル”は、試料を浸していない培地における繊毛虫の増殖数の変化を示している。 実施例の試料が培地に浸されていても繊毛虫の増殖は同等であり、実施例により作製されたポリイミド被膜が無毒であることが示されている。 ここにポリイミド被膜が生体親和性を有しつつ、防食性を兼ね備えていることが確認された。 毒性評価に用いられたNi−Ti基材は、Ti溶射層/ポリイミド被覆層構成であるが、Ti溶射層がないNi−Ti基材に直接ポリイミド被膜を形成した試料についても同様に無毒であることはいうまでもない。 また、比較例2は、評価試験開始後1日以内に繊毛虫が全て死滅する結果となっており、生体親和性がないことがわかった。 また、比較例3も、評価試験開始後1日以内に繊毛虫が全て死滅する結果となり、生体親和性がないことが分かった。
本発明の防食方法は、Ni−Ti系合金などの形状記憶合金基材に防食の効果を付与するとともに、生体親和性を兼ね備えるために、生体材料への適用の可能性がある。 また、細孔部を有するTi溶射層を備えた金属基材に対する効果が明らかとなった本発明のポリイミド被覆形成工程は、Siなどの基板上に微細加工技術により構築されるMEMS(micro electromechanical systems)やバイオセンサー回路、マイクロ検査システムで生体内用途等に供されるマイクロ機器に使用される金属被膜などの防食目的にも適用できる可能性がある。
本発明の防食方法を実施するための蒸着重合装置の概略図 防食評価をするための、生理食塩水中における電位スイープ法による分極試験の結果を示すグラフ 生体親和性を確認するための、河川土壌に生息する繊毛虫を用いた毒性評価試験を示すグラフ 符号の説明 1 蒸着重合装置 2 真空排気系 3 処理室 4 保持治具 5 ヒーター 6 加熱容器 7 モノマー導入口 10 金属基材 |