本発明は、構造活性相関解析に供する、液相系における不斉アルキル鎖を有する化合物の優位な配座およびアルキル鎖炭素数の偶奇を赤外円二色性分光法により判別する方法に関する。
内分泌攪乱物質も薬剤も生体のもつ受容体に作用して機能するが、その機能評価には莫大な時間とコストがかかっている。 そのため、いかに効率よく候補分子を絞り込むかが課題となっており、生体の全タンパク質立体構造ライブラリーと薬物立体構造ライブラリーを活用した薬理プロテオミクスによる創薬が行われている。 その基盤になるのが立体構造解析であり、これまでX線結晶解析、NMR解析の手法が主として使われてきた。 しかし、X線結晶解析では結晶となる固体が必要であるという制約があり、また、NMR解析では核オーバーハウザー効果を示す系のような特殊なケースを除き一般の系では正確な配座情報を得ることが出来なかった。 一方、薬剤の構造のごく一部を置換しただけでまったく薬効を示さないことが多く、このことから置換基の自由度を考慮した配座情報を得ることがプロテオミクス創薬では必要とされている。 特に不斉長鎖ヒドロキシアルキル基を有するAnnonaceous acetogeninsの抗腫瘍活性が報告されている(非特許文献1)が、その作用機序は明らかにされておらず、その配座情報を得る手段が切望されている。 本発明者らは、すべてのタンパク質と数多くの薬剤がキラリティーを有すること及び赤外光領域の分子振動に由来するバンドがその物質に特徴的な固有のものであることに着目し、すでに赤外円二色性(VCD)分光法を新たな構造解析手法として活用し、キラリティーを有する物質の構造解析を報告している(非特許文献2)。 前記、抗腫瘍活性を有するAnnonaceous acetogeninsは長鎖ヒドロキシアルキル基をもつことから膨大な数の配座を取りうる。 そのためNMR分光法を用いた解析では、作用機序に資する配座情報を得ることは不可能であった。 また、すでに我々が報告した構造解析手法は、数個の配座を有する系にしか適用出来ないため、Annonaceous acetogeninsのような膨大な数の配座を有する系にも適用可能な新規な立体配座解析手法が求められていた。 J. A. Marshall他,J. Org. Chem. 68,1771(2003) H. Izumi他,Chem. Rec. 3,112(2003)
本発明は、従来のNMR分光法を用いた解析では不可能であった、例えばAnnonaceous acetogeninsのように莫大な数の配座をとり得る、不斉アルキル鎖を有する化合物の優位な配座およびアルキル鎖炭素数の偶奇を極めて少ないサンプルにより簡便かつ容易に判別し得る方法を提供することを目的とする。 本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、不斉構造を有する脂肪族アルコールなどの液相系における特定の赤外円二色性バンドは、莫大な数の配座を取りうるにもかかわらず、優位なtrans配座のアルキル鎖炭素数の偶奇に支配されていることを見出し本発明を完成するに至った。 すなわち、本発明によれば、以下の発明が提供される。 (1)不斉アルキル鎖を有する化合物の優位な配座を判別する方法において、当該不斉アルキル鎖を有する化合物のモデルサンプル分子群の液相下におけるそれぞれの赤外円二色性バンド強度を、該モデル分子のアルキル鎖炭素数に対してプロットし、その相関を検証することにより、不斉アルキル鎖を有する化合物の優位な配座を判別する方法。 (2)不斉アルキル鎖を有する化合物のアルキル鎖炭素数の偶奇を判別する方法において、当該不斉アルキル鎖を有する化合物のモデルサンプル分子群の液相下におけるそれぞれの赤外円二色性バンド強度を、該モデルサンプル分子群のアルキル鎖炭素数に対してプロットし、その相関関係を検証することにより、不斉アルキル鎖を有する化合物のアルキル鎖炭素数の偶奇を判別する方法。
第1図は、本発明に係る判別方法の代表的なフローチャート、第2図は、S体の化合物(I)(nは2−8)のVCDスペクトル、第3図は、S体の化合物(I)(nは2−8)のIRスペクトル、第4図は、S体の化合物(I)(nは2−8)の炭素数に対する特定の波数におけるVCD強度のプロット図、第5図は、S体の化合物(I)(nは2−8)のall−trans配座の予測VCDスペクトル、第6図は、R体の化合物(I)(nは2−8)の炭素数に対する特定の波数におけるVCD強度のプロット図、第7図は、S体の化合物(II)(nは1−5)の炭素数に対する特定の波数におけるVCD強度のプロット図である。
本発明に係る配座の優位性及びアルキル鎖炭素数の偶奇の簡便な判別方法は、莫大な数の配座を取りうる不斉アルキル化合物の配座情報を従来のように理論計算や核オーバーハウザー効果を利用したNMR解析などの手段により逐次全ての化合物について行う手法に代えて、不斉構造を有する化合物のモデルサンプル分子群を取り出し、そのモデルサンプル分子群の、好ましくは赤外吸収スペクトルから共通する振動モードに由来するバンドを抽出し、そのバンドに対応する赤外円二色性バンドの相関性をアルキル鎖炭素数に対してプロットし、その相関に基づき、予測解析するものである。 即ち、本発明においては、判別対象とする不斉アルキル鎖を有する化合物のモデルサンプル分子群の液相下における特定の赤外円二色性バンド強度をそのアルキル鎖炭素数に対してプロットしその偶奇性の有無により、液相系における不斉アルキル鎖を有する化合物の優位な配座とそのアルキル鎖炭素数の偶奇を判別するものである。 従って、本発明に係る前記判別方法は、従来のNMR分光法を用いた解析では不可能であった莫大な数の配座をとる不斉アルキル鎖をもつ化合物の配座解析の一手段として用いることが出来ることから、例えば不斉ヒドロキシアルキル鎖をもつAnnonaceous acetogeninsのような抗腫瘍活性をもつ化合物の設計等の薬理プロテオミクスによる創薬や構造活性相関等を用いた有害物質の人体への影響評価などの応用面での展開が充分に期待されるものである。 本発明において、判別対象となる化合物は不斉を有しかつ構造の一部に直鎖アルキル鎖をもつ化合物であれば特に制限はない。 直鎖アルキル鎖としては、炭素数1〜12のアルキル鎖、具体的にはメチル、エチル、プロピル、ブチル基などのアルキル鎖であることが望ましい。 前記直鎖アルキル鎖は一部がヒドロキシル基のような官能基で置換されていてもかまわない。 以下に、このような化合物群の代表例を以下に示す。 (S)−(+)−2−ブタノール、(S)−(+)−2−ペンタノール、(S)−(+)−2−ヘキサノール、(S)−(+)−2−ヘプタノール、(S)−(+)−2−オクタノール、(S)−(+)−2−ノナノール、(S)−(+)−2−デカノール、(R)−(−)−2−ブタノール、(R)−(−)−2−ペンタノール、(R)−(−)−2−ヘキサノール、(R)−(−)−2−ヘプタノール、(R)−(−)−2−オクタノール、(R)−(−)−2−ノナノール、(R)−(−)−2−デカノール、(S)−(−)−2−メチル−1−ブタノール、(S)−(+)−3−メチル−1−ペンタノール、(S)−(+)−4−メチル−1−ヘキサノール、(S)−(+)−5−メチル−1−ヘプタノール、(S)−(+)−6−� ��チル−1−オクタノール、(R)−(+)−2−メチル−1−ブタノーノル、(R)−(−)−3−メチル−1−ペンタノール、(R)−(−)−4−メチル−1−ヘキサノール、(R)−(−)−5−メチル−1−ヘプタノール、(R)−(−)−6−メチル−1−オクタノール。 不斉構造を有する化合物のモデルサンプル分子群としては、例えば必要となる特徴のみ有しかつアルキル鎖を短くした、簡略化された基本骨格分子を選択するようにすればよい。 また前記のモデルサンプル分子群の赤外吸収スペクトルから共通する振動モードに由来するバンドを抽出するには、例えばローレンツ関数近似を用いてバンドのフィッティングおよび分離を行い、前記のモデルサンプル分子群の中から、バンド位置およびバンド強度が共通するバンドを選び出すような手法を用いればよい。 また、赤外バンドに対応する赤外円二色性バンドの相関性を解析する手法としては、液相下のモデルサンプル分子群の特定の赤外円二色性バンド強度をアルキル鎖炭素数に対してプロットし偶奇性の有無により、液相系における不斉アルキル鎖を有する化合物の優位な配座とそのアルキル鎖炭素数の偶奇を判別すればよい。 赤外円二色性測定の積算時間に特に制限はないが、十分なS/Nを得るために20分〜4時間が望ましい。 赤外及び赤外円二色性バンドのフィッティングに使用する近似法に特に制限はないが、好ましくはローレンツ関数近似もしくはガウス関数近似が使用される。 本発明に係る、前記、液相系における不斉アルキル鎖を有する化合物の優位な配座およびアルキル鎖炭素数の偶奇の赤外円二色性分光法による判別方法においては、更に判別の精度をあげるために下記の理論計算を用いた優位な配座の赤外円二色性バンド予測と実測の結果との比較を行うことが望ましい。 基本骨格を有しかつ炭素数の少ないアルキル鎖をもつ簡略化された化合物などのモデルサンプル分子群の優位な配座の探索方法に特に制限はないが、好ましくはB3LYPファンクショナルを用いた密度汎関数法によるエネルギー計算が使用される。 赤外円二色性バンドの予測方法に特に制限はないが、好ましくはB3LYPファンクショナルを用いた密度汎関数法による振動数計算が用いられる。 赤外円二色性バンドの予測には、それぞれの不斉アルキル鎖を有する化合物について、莫大な数の配座の中から前記探索方法で導き出された優位な配座のみ選択し、対象とすればよい。 本発明に係る判別方法の代表的なフローチャートを第1図に示す。 本発明で用いる赤外および赤外円二色性測定に使用する装置に制約はなく、赤外スペクトル装置および赤外円二色性スペクトル装置としては、たとえばBomem/BioTools製Chiralirを用いることができる。 これらの装置で用いられる溶媒は、疎水性溶媒、親水性溶媒いずれの溶媒も使用できるが、好ましくは、四塩化炭素、重クロロホルム、重塩化メチレン、重ジメチルスルホキシド、水等が使用される。 対象となる化合物が液体の場合にはneatで測定可能である。 サンプルセルの窓板は赤外線を透過する材質のものであれば何れも使用できるが、好ましくはNaCl板、BaF 2板が望ましい。
次に本発明を実施例により、さらに詳細に説明する。 [実施例1] 下記化学構造式(I)で表せる一連のS体の化合物(nは2−8)を四塩化炭素に溶解し、BaF 2窓板サンプルセルに入れ、4時間積算を行い、赤外円二色性スペクトル(VCD)及び赤外吸収スペクトル(IR)を収集した。 その結果を第2図及び第3図に示す。 つぎに、赤外吸収スペクトルから共通する振動モードに由来するバンドをローレンツ関数近似により抽出した。
抽出したバンドに対応する赤外円二色性バンド強度をアルキル鎖炭素数に対してプロットし、解析を行った。 その結果を第4図に示す。 第4図から、赤外円二色性バンドにおいて1148cm−1のバンドにnが偶数のときVCD強度が正、奇数のときほぼ0の偶奇性があることが確認された。 1116cm −1および1112cm −1のバンドにおいても赤外円二色性バンドに弱い偶奇性が確認された。 また、炭素数の少ないS体の化合物(nは3及び4)についてB3LYPファンクショナルを用いた密度汎関数法によるエネルギー計算からもっとも安定な配座がall−trans配座であることが分かった。 前記の一連のS体の化合物(nは2−8)の莫大な数の配座からall−trans配座のみ選択し、その配座のB3LYPファンクショナルを用いた密度汎関数法による振動数計算から赤外円二色性バンドの予測を行った。 その結果を第5図に示す。 第5図から、1150cm −1のバンドに実測と良く一致する偶奇性を確認した。 [実施例2]
前記化学構造式(I)で表せる一連のR体の化合物(nは2−8)を四塩化炭素に溶解し、BaF
2窓板サンプルセルに入れ、4時間積算を行い、赤外円二色性スペクトル(VCD)及び赤外吸収スペクトル(IR)を収集した。 つぎに、赤外吸収スペクトルから共通する振動モードに由来するバンドをローレンツ関数近似により抽出した。 抽出したバンドに対応する赤外及び赤外円二色性バンド強度をアルキル鎖炭素数に対してプロットし、解析を行った。 その結果を第6図に示す。 第6図から、赤外円二色性バンドにおいて1148cm
−1のバンドにnが偶数のときVCD強度が負、奇数のときほぼ0の偶奇性があることが分かった。 1116cm −1および1110cm −1のバンドにおいても赤外円二色性バンドに弱い偶奇性が確認された。 [実施例3]
下記化学構造式(II)で表せる一連のS体の化合物(nは1−5)を四塩化炭素に溶解し、BaF
2窓板サンプルセルに入れ、4時間積算を行い、赤外及び赤外円二色性スペクトルを収集した。 赤外吸収スペクトルから共通する振動モードに由来するバンドをローレンツ関数近似により抽出した。 抽出したバンドに対応する赤外及び赤外円二色性バンド強度をアルキル鎖炭素数に対してプロットし、解析を行った。 その結果を第7図に示す。 第7図から、1124cm −1及び1117cm −1のバンドにおいて赤外円二色性バンドに弱い偶奇性が確認された。
本発明に係る新規な、液相系における不斉アルキル鎖を有する化合物の優位な配座およびアルキル鎖炭素数の偶奇を赤外円二色性分光法により判別する方法は、当該不斉アルキル鎖を有する化合物のモデルサンプル分子群の液相下におけるそれぞれの赤外円二色性バンド強度を、該モデルサンプル分子群のアルキル鎖炭素数に対してプロットし偶奇性の有無により、不斉アルキル鎖を有する化合物の優位な配座とそのアルキル鎖炭素数の偶奇を判別するものである。 従って、本発明に係る前記判別方法は、従来のNMR分光法を用いた解析では不可能であった、液相系における莫大な数の配座をとる不斉アルキル鎖をもつ化合物の配座解析の一手段として用いることが出来ることから、例えば不斉ヒドロキシアルキル鎖をもつAnnonaceous acetogeninsのような抗腫瘍活性をもつ化合物の設計等の薬理プロテオミクスによる創薬や構造活性相関等を用いた有害物質の人体への影響評価などの応用面での展開が充分に期待されるものである。 また、本発明に係る前記判別方法は、従来のNMR分光法を用いた解析では不可能であった、液相系における莫大な数の配座をとる不斉アルキル鎖をもつ化合物の配座解析の一手段として用いることが出来ることから、例えば不斉ヒドロキシアルキル鎖をもつAnnonaceous acetogeninsのような抗腫瘍活性をもつ化合物の設計等の薬理プロテオミクスによる創薬や構造活性相関等を用いた有害物質の人体への影響評価などの応用面での展開が充分に期待されるものである。 |